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シュゼットの母は、赤頭さんの言い伝えを信じていて、厨房の片隅にいつもお供えを入れた小皿を置いていた。
三歳の頃、お腹をすかせたシュゼットは、母の留守中、小皿に盛った砂糖をなめようとして赤頭さんと出会った。
シュゼットが思わず声を上げたので、向こうもたいそう驚いていた。
両方とも小皿に手を伸ばしたまま、しばらく固まってしまった。
「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん、あんた、アタシが見えるのかい?」
「あなたはだあれ? 赤い髪の小っちゃい人」
「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん、本当に見えているし、声も聞こえているようだね。アタシの名前は、ヤーマルだよ。お嬢ちゃんは、何て名だい?」
「わたしは、シュジェットよ、ヤーマルさん」
「シュジェット、シュジェット、あんたも砂糖が欲しいのかい?」
「いいえ、それはあなたのものよ。ごめんなさい、つまみ食いをしようとしちゃって――。これからも、ちゃんとお供えをするから、ときどき出てきてね」
「シュジェット、シュジェット、礼儀正しい可愛い子だね。また会いに来るよ」
それだけ言うと、ヤーマルと名乗った赤頭さんは、砂糖が盛られた小皿を抱え、調理台の隙間に潜り込みどこかへ消えてしまった。
なぜかはわからなかったが、これは秘密にすべきことのように思えて、シュゼットはこの出会いを誰にも言わないでおくことにした。
だが翌日、砂糖のお礼と思われる小さな紫色の花を載せた小皿が同じ場所に置かれているのを見たとき、あまりにも嬉しくてシュゼットはヤーマルのことを母に話してしまった。
母は、特に驚くでもなく、シュゼットの頭を撫でながら優しく言った。
「シュゼット、あなたは『妖精の愛し子』だったのね。なんて素敵なことかしら。ただね、たいがいの人には赤頭さんが見えないの。残念ながら、わたしにも見えないわ。見えない人は、小皿に載せたお供え物がなくなっても、ネズミやヘビが盗んだのだろうと思っているのよ。『赤頭さんなんて迷信だ』といっている人の中には、見えるという人を馬鹿にしたり、良く思わなかったりする人もいるの。だから、赤頭さんが見えることを、誰にも言ってはだめよ。それから、赤頭さんから聞いた話を、人に教えてもいけないわ。約束してくれる、シュゼット?」
「うん、約束する。わたし、赤頭さんのことは誰にも言わないよ」
母の温かな胸に抱かれながら、シュゼットは、この約束は死ぬまで守ろうと心に誓った。
それからも、シュゼットは、何度も厨房でヤーマルを見かけた。
言葉を交わすこともあれば、ただ、姿を目にとめるだけのこともあった。
やがて、シュゼットは、妖精がこの世界のいたるところに存在することも知った。
家の庭で、隣家の老女の帽子の上で、町の靴屋の店先で、妖精たちは楽しそうに踊っていた。
だが、母との約束を守り、それを誰かに話すことは一切しなかった。
父と母が亡くなった後、王都の屋敷を手放すことになった。
屋敷を最後に訪ねた日、シュゼットは厨房へ行きヤーマルに声をかけたが、赤頭さんが姿を現すことはなかった。
事情を察したヤーマルは、供え物をしてくれる優しい家族が暮らす家に移ったのだと信じ、シュゼットは生まれ育った家を去ったのだった。
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