6 赤頭さん②

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6 赤頭さん②

 コピーナについても、イベッタに詳しいことを話したわけではない。  シュゼットがこの屋敷に引き取られて間もない頃、食料貯蔵庫の片付けをミルッカと一緒に手伝ったことがあり、そのとき偶然コピーナと出会ったのだった。  イベッタに、「ここの食料貯蔵庫には、赤頭さんがいるようだ」と言ったところ、お供えを置かせてもらえることになった。  イベッタには、コピーナの姿はもちろん、壁の穴も見えてはいない。シュゼットの言葉も、夢見がちな女の子のロマンチックな想像として聞いていた。  だが、お供えをするようになって、伯爵家の食料事情が何となく好転したことは確かなようで、イベッタはシュゼットが行うお供えをこっそり手伝ってくれていた。 「ねえ、コピーナさん。わたしがいなくなっても、イベッタがお供えを続けてくれるそうだから、これからもここにいてあげてくれないかしら?」 「シュゼエト、シュゼエト、あんたはどこへ行くんだい?」 「ミルッカたちが、町に家を用意してくれているらしいの。そこへ行くことになると思うわ」 「シュゼエト、シュゼエト、わっちもそこへ行くよ。イベエタは、もうすぐわがまま娘と喧嘩して、ここを出て行くことになる。ここにいても、何もいいことはないんだよ」  イベッタは、娘たちのわがままな注文のせいでいつも苦労していた。 「甘くてこくがあって、いくら食べても太らないクリームで飾ったケーキを作ってよ!」 「新鮮なエビが食べたいの! 売ってない? じゃあ、獲りに行ってきなさいよ!」  応えられるわけがない要求に、何とか別のものをあてがったり、誤魔化したりして切り抜けてきたイベッタだったが、とうとう娘たちと衝突する日が来るらしい。  イベッタは、腕が良い上やり繰り上手な料理人だ。  ここを辞めても、もっと良い条件で雇ってくれる家や店がいくらでもあるはずだ。 「わかったわ、コピーナさん。小さな貯蔵庫だと思うけれど、いつでも来てくださいね」 「シュゼエト、シュゼエト、あんたはほんとにいい子だよ。じゃあ、またね」  コピーナは、チーズを抱えると、小皿の上に載ってぴょんと一回跳びはねた。  ―― バリン!  小皿は、小さな音を立てて真っ二つに割れた。  これが、赤頭さんの別れの挨拶だった。  小皿を割るということは、もうその家では供え物を受け取らないということを意味していた。  シュゼットが小皿に気を取られている間に、コピーナも壁の穴もいつの間にか消えていた。伯爵家の食料貯蔵庫には、もう赤頭さんの気配はなかった。
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