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7 最後のあいさつ
シュゼットが、支度を整えて義父の部屋を訪れると、義母や義姉たちが珍しく早起きをして集まっていた。
彼女たちは、夜会などで夜更かしをした後は、昼近くまで寝ていて寝室で遅い朝食をとることも多い。
シュゼットが屋敷を出て行った後、祝盃をあげる予定でもあるのか、今朝は三人ともやけににこやかだった。
しかし、シュゼットの後ろから、神妙な態度でミルッカとオラヴィが姿を見せると、昨日のことを思い出し義姉たちは急に不機嫌になった。
二人から話を聞かされていた義母も、露骨に嫌な顔をした。
シュゼットは、いつものようにお辞儀をした後は、じっと絨毯を眺めることにした。
例の咳払いが聞こえ、一連の動作の後、義父の話が始まった。
「シュゼット、いよいよお別れだね。おまえは、今日から伯爵家の養女ではなくなるが、もともと、おまえが誰かに嫁ぐか十八になるまで後見人はわたしが務めることになっている。これからは、姪としてわたしを頼りにしておくれ。さて、レドレル公爵様から贈られた装身具についてだが、おまえが別の男へ嫁ぐことになれば、きっと邪魔になることだろう。だからといって、売りに出したりしたら公爵家に対し失礼だ。この機会に、この屋敷に置いていってはどうだろうか? 家宝として大切に受け継いでいくことを約束するよ」
伯爵は、昨日の騒動について、娘たちからさんざん文句を言われていた。
装身具になどあまり関心はなかったのだが、妻と娘たちは何としても手に入れておくべきだと騒ぎ立てた。
ミルッカやオラヴィの反応が気になったが、シュゼットから良い返事をもらうために、できるかぎり遠慮がちに切り出したのだった。
シュゼットは目線を上げると、彼女の前におどおどしながら立っている義父へ笑いかけた。
そして、後ろに控えていたミルッカに目配せをした。
ミルッカは、携えていた布包みを黙ってシュゼットに差し出した。
「お義父様、これまでに公爵様からいただいた装身具は、この中にまとめてございます。昨日、ミルッカが渡すまいとしてお義姉様たちと争ったのは、母の形見の宝石箱を奪われるかと思ったからです。宝石箱は、お渡しするわけに参りませんが、装身具は確かにもう使うこともないでしょうし、ラペルトリー伯爵家へお預けすることにいたします。どうぞ、お受け取りください」
シュゼットが、布包みを義父に手渡すと、義母や義姉たちがゴクリと唾を呑み込んだ。
彼が確認のため包みを開けると、我慢しきれず三人は包みが置かれたテーブルに駆け寄った。
装身具の黄金の地金や宝石が、朝日を受けてまばゆいばかりに輝いた。
さすがに、声を上げるのははしたないと考えたのか、三人は口に手を当て目を皿のようにして装身具を見つめていた。
「それでは、これにて失礼いたします。お義父様、お義母様、お義姉様方、いえ――伯爵様、伯爵夫人、そして、伯爵家のお嬢様方、長きにわたりお世話くださりまことにありがとうございました。どうぞ、お元気で――」
装身具に夢中で、いとまごいさえ耳に入らない様子の四人に背を向け、シュゼットはすたすたと部屋を出た。
後見人を続けると言っておきながら、伯爵はシュゼットの行き先も聞かなかった。
あの装身具さえ手に入れられれば、もう用はないということかもしれないと思うと、シュゼットはやけにさっぱりとした気持ちになった。
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