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伯爵邸の裏口には、大きな馬車が、すでに荷箱を屋根に積み終え待っていた。
親しくしていた何人かの使用人たちに見送られ、シュゼットとミルッカとオラヴィは馬車に乗り込んだ。
「お久しぶりでございます、お嬢様! すいぶん、大きくなられましたこと!」
「ヨルディス!? ヨルディスなの!?」
扉を開き、シュゼットを馬車の中へと引き入れたのは、亡き母の侍女を務めていたヨルディスだった。
子どもに戻ったように夢中で抱きついてきたシュゼットを、優しく抱き返しながらヨルディスは言った。
「ますます奥様に似ていらっしゃいましたね。ミルッカやオラヴィから聞いて、お健やかにお育ちなのは知っておりましたが、伯爵様ご一家の評判を聞くたびに心配しておりました」
「まったくですよ! よく辛抱されましたよ、シュゼット様は! そりゃあ、公爵家へ嫁ぐには、『伯爵令嬢』というお立場にあった方が、何かと都合が良かろうとは思いました。だけど、あんな不甲斐ない伯爵家では、養女になっても何の得もありませんよ。縁が切れて、本当に良かった!」
シュゼットに続いて乗り込んできたミルッカが、あきれた口調で言った。
その後に続いて車内へ入ってきたオラヴィも、ヨルディスの隣に腰を下ろすと文句を言い始めた。
「シュゼット様、公爵様からいただいた装身具を、どうして伯爵一家にくれてやったんですか? 売りに出すことは難しいでしょうが、手元に残しておいて邪魔になるものでもないですし――」
「それはそうね――。でも、わたしがあれを持っている限り、あの人たちは、わたしを探し出し追いかけてくるに違いないわ。手切れ金――というのかしら? あれを渡してしまうことで、もうわたしにかまわないでいてくれるなら、その方がいいと思ったのよ」
赤頭さんが出て行ったあの屋敷からは、早晩ほかの家精たちも逃げ出すことだろう。
ジョエレが、世話を続けている限りは、庭の妖精たちはとどまるかもしれないが――。
伯爵の部屋の豪華な絨毯や調度品、夫人や娘たちの浪費家ぶりを見れば、彼に預けられた父の資産の大半は、すでに消えてしまったことがシュゼットにも想像できた。横領した資産と共に、彼らの運も尽きたに違いない。
伯爵一家は、ゆっくりと没落の道を歩み始めることだろう――。
王都の屋敷を処分し、領地に引きこもればそれなりにやっていけるのだが、年頃の娘を二人も抱え良縁を探し求めているうちはそれもできない。
お金に困ったとき、彼らが頼れるのは唯一シュゼットだけだ。
そうなれば、あの娘たちは、公爵から贈られた装身具を今度こそ手に入れようと、シュゼットに近づいてくるに違いない。そんな騒ぎに巻き込まれたくはない、とシュゼットは思った。
「お嬢様をお捨てになった方からの贈り物など、もうどうでもいいではないですか。嫌なことはきっぱり忘れて、新しい暮らしを始めましょう! これから向かう新たなお住まいは、きっとお嬢様のお気に召すと思いますわ」
シュゼットは、ヨルディスの言葉に従って、伯爵家のことをそれ以上気にするのはやめ、ゆったりと馬車の座席に身を沈めた。
馬車は、王都の中心を抜け郊外へ向かっていた。
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