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1 シュゼット・ラペルトリー
その朝、庭の片隅にある菜園の水やりを終えたシュゼットは、侍女のミルッカと二人で離れへ続く小道をのんびりと歩いていた。
伯爵令嬢とは思えない着古した野良着姿で、化粧っ気のない薔薇色の丸い頬には泥までつけていた――。
シュゼットは、ラペルトリー伯爵家の三番目の娘である。
いや、正確には、三番目の娘として伯爵家に引き取られた養女だ。
ラペルトリー伯爵は、シュゼットの亡き父の兄で彼女の叔父にあたる。
事故で両親を失ったシュゼットが伯爵邸の離れで暮らすようになって、すでに六年の歳月が流れていた。
「シュゼット様―っ!」
シュゼットが暮らす小さな離れと巨大な本邸をつなぐ渡り廊下で、離れ付きの執事であるオラヴィが、腕をブンブン振り回してシュゼットを呼んでいた。
「あらまあ、あの振る舞い! オラヴィときたら、まるで操り人形のようでございますね!」
「初めてお父様が家に連れてきた頃から、ぜんぜん変わってないわね」
「ええ、でもあれで、お屋敷の外に出れば、『わたくしは伯爵家の執事でございます』という顔で胸を張ってすましているのだそうですよ」
「フフフ……、それもまた、お調子者のオラヴィらしいわ」
「ホホホ……、まったくでございますわ」
二人が含み笑いをしながら近づいてきたので、オラヴィは、自分の周りで何か面白いことでも起きているのかと思いきょろきょろと辺りを見回した。
その様子がまたおかしくて、二人はとうとう声を上げて笑い出した。
さすがに察しの悪いオラヴィも、自分が笑われていることに気づいて、少しだけ頬を膨らませながら文句を言った。
「もう、お二人とも人が悪い……。ものすごく大事な用件だから、急いでお声をかけに参りましたのに……。一緒になって、わたくしをからかうなんて……」
「ごめんなさい、オラヴィ。あなたをからかったわけではないの。オラヴィは、昔から変わらないなあと思って……。あなたを見ていると、お父様がご存命だった頃のできごとがいろいろと思い出されて、何だか胸のあたりがほんのり温かくなるの……」
シュゼットの言葉を聞いた途端、オラヴィだけでなくミルッカまでもがしんみりと押し黙ってしまった。
栗毛色の蓬髪を後ろで束ね、豪快に笑っていたシュゼットの父の髭面も、その隣で慎ましやかに微笑んでいたシュゼットの母の薄紅色の頬も、つい六年前まではいつだってシュゼットの手が届くところにあった。
だけど、いまはもうどんなに彼女が手を伸ばしても、けっして触れることはできないのだった。
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