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6 秘密を知る者
シュゼットは、大急ぎで小皿を片付け窓を閉めた。
身支度を整え階下へ降りると、居館の扉を少しだけ開けて外をのぞいた。
夜詰めをしていた神殿長のジネット神官が、礼拝堂の前で誰かと話していた。
「嘘ではありません! 居館の二階の窓が、聖なる光に包まれていたのです!」
「あなたは酔っているのですよ、エルマー神官。調子に乗ってピュールを食べ過ぎて、正気を失ったのでしょう。神の御前で罪を悔い、許しを請いなさい! 悪しき幻想はその身から遠ざけねばなりません!」
「神殿長様、断じて幻覚ではないのです! 村人は、わたしを荷馬車に乗せて、閉門に間に合うよう送り届けてくれました。坂の途中で眠気に襲われ寝入ってしまいましたが、おかげで目覚めたときにはすっきりしていました。間違いなく、わたしは見たのです! ああ、なんと光栄なことでしょう! とうとうこの神殿にも神の――」
ジネット神官は、もう我慢できないという顔で、エルマー神官の肩をつかみ礼拝堂の中へ押し込んだ。エルマー神官は、まだ何かブツブツとつぶやいていたが、ジネット神官によって礼拝堂の扉が閉められるとその声も聞こえなくなった。
シュゼットは、音を立てないように気をつけながら扉を元に戻すと、足音を忍ばせて二階に上がり客間へ戻った。
(ああ、驚いた――。エルマー神官には、ルオーノさんや妖精たちが見えたのかしら? もしそうだとしたら、彼も『愛し子』だということよね。でも、庭の妖精たちは、わたしを見て初めて『愛し子』に出会えたかのように喜んでいたわ。いったいどういうことなのかしら?)
シュゼットは、寝台に腰掛けて、大きなため息をついた。
話の途中で怒りを爆発させたままいなくなったルオーノが、エルミート侯爵家に過激な仕返しをしないか心配だったし、明日の朝、エルマー神官と顔を合わせたとき、どんな話が飛び出すのかも気になっていた。
再び夜着に着替え直し寝台へ横になっても、シュゼットの心はしばらくざわついていた。
ふと窓辺に目をやると、淡く小さな緑色の光がちらちらと揺れているのが見えた。
シュゼットが窓を開けると、親指ほどの愛らしい妖精が、黄金色の髪を膨らませふわふわと浮かんでいた。細い腕には、白花のラベンダーを一本抱えていた。
「おやすみ、愛し子――。良い夢を――」
小さな妖精は、そう言うとシュゼットの髪にラベンダーの花穂をさした。
そして、嬉しそうに笑い声を上げながら、月明かりの降り注ぐ木の間へと消えていった。
シュゼットは、しばらく窓辺にたたずんだ後、そっと窓を閉めた。
ラベンダーの甘く優しい香りと妖精の言葉が、シュゼットにゆっくりと安らかな眠りを運んできた――。
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