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翌朝、階下の厨房の扉が開く音を聞き、シュゼットは急いで起き上がった。
開門を告げる鐘の音はまだだが、朝食の支度のためにリベタがやって来たようだ。
身支度を整えて階段を途中まで降りていくと、食堂のテーブルでリベタが籠にパンを盛っているのが見えた。
そして、その横では年若い男性の神官が、まだ酔いが残っているようなぼんやりとした顔で、黒っぽい色の茶が注がれたカップを眺めながらしゃべっていた。
「リベタさん、本当なんですってば! 神の光が降り注いで、二階の窓が耀いていたんですよ! わたしは、間違いなく見たんです!」
「はいはい、わかりました! もうそのお話はいいですから、酔い醒ましを飲んできちんと目をお覚ましくださいな、エルマー様!」
「わたしは、もう酔っても寝ぼけてもいませんよ。少しばかりむかむかするから、酔い醒ましはおとなしくいただきますけどね――」
子どものように唇を尖らして、酔い醒ましをちびちびとすするエルマー神官の表情がおかしくて、シュゼットは思わず笑ってしまった。
その声を聞いて、ようやく彼女がそこにいると気づいたエルマー神官は、目を丸くして咳き込んだ。
リベタは、呆れた顔で彼の背中をさすりながらシュゼットにあいさつした。
「おはようございます、レステさん。あのう、夕べはよくお休みになれましたか?」
その問いかけが意味するところを察したシュゼットは、興味津々という目で自分を見つめるエルマー神官を気にしつつ、落ち着いてにこやかに答えた。
「おはようございます、リベタさん、エルマー様。心地よい寝台でぐっすり眠り、旅で疲れた体をしっかり休めることができましたわ。ありがとうございました。」
「それはようございました。ほら、エルマー様、二階でお泊まりになったレステさんがこう仰っているんですから、昨夜は別に何ごともなかったのですよ! 酔い醒ましを飲み終えたら、礼拝堂へ行って夜詰めをしていた神殿長様と代わって差し上げてください。さあ、急いで、急いで!」
リベタは、シュゼットに何か尋ねたそうにしているエルマー神官を急かし、一気に酔い醒ましを飲み終わらせると、居館から追い出し礼拝堂へ向かわせた。そして、水汲みをしようと外へ出たシュゼットの後を追いかけてきた。
二人は、一緒に菜園や薬草園に水やりをして、朝食用の野菜や果実を摘み取った。
籠いっぱいの収穫物を、満足そうに眺めながらリベタが言った。
「レステさんが、心を込めて水やりをしてくれたからでしょうかねぇ。今日は、庭の草木がとても生き生きとして見えますよ。野菜や果実も、いつもより大ぶりだし――」
「植物がどれも元気に育つ――そういう季節なのではないですか?」
「それも、あるでしょうけれど――」
意味ありげに言葉を切ったリベタは、ゆっくりと二階の窓を見上げながら話題を変えた。
「エルマー様は、酔っていたかもしれませんが、嘘はついていない――。わたしはね、本当はそう思っているんです。実際に、何か尊い光をご覧になったのかもしれないなって――」
「尊い光――ですか?」
「ええ。人には普通、目にすることができないものです。実はね、わたしの亡くなった祖母は、いろいろと不思議なものが見える人だったんですよ。自分のことを、『妖精の愛し子』なんて言っていました――」
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