6 秘密を知る者

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 シュゼットは、なんと言えばいいのかわからなかった。  突然こんな話を始めたリベタの真意が、つかめなかったからだ。  だから、表情を隠すようにうつむいて、黙ってリベタの話を聞くことにした。  リベタは、シュゼットのそんな反応を気にする様子もなく祖母の話を続けた。 「祖母の周りには、いつもたくさんの妖精が集まっていたようです。もちろん、わたしには何も見えませんでしたよ。祖母の話では、妖精たちというのは、普段は人に気づかれないようにひっそり隠れているそうです。でも、興奮すると特別な光を発することがあって、そういうときは『愛し子』でない者にも光や妖精の姿が見えるかもしれないということでした」    シュゼットは、エルマー神官がどうして妖精たちの発した光を見ることができたのか不思議に思っていたのだが、リベタの話でその理由がなんとなくわかった。  夕べは、ルオーノの怒りから生じた光が周りの妖精たちも興奮させ、「妖精の愛し子」でなくとも気づくような強烈な輝きを作りだしてしまったのだ。たぶん――。  リベタは、籠からよく熟した無花果の実を一つ取り出して、うっとりと眺めながら言った。 「今朝、神殿の坂道を上ってくるとき、木や草が驚くほど生き生きとしていて、いつもと違う感じがしたんですよ。そうしたら、神殿へ着くなりエルマー様からあんな話を聞かされて――。いったい、昨日と何が変わったのかしらと考えてみました――」  葉陰や灌木の間から、妖精たちが心配そうにシュゼットを見つめていた。  もちろん、リベタはそれには気づいていない。  彼女は、無花果を籠に戻すと、穏やかだが真剣な眼差しをシュゼットに向けた。 「レステさん――。あなたが、来てくださったからですよね――。エルマー様が不思議な光を見たと仰っていたのは、ちょうどあなたがお泊まりになった客間の窓のあたりです。あなたは、もしかして――、私の祖母と同じ『妖精の愛し子』なのかしら?」  リベタに悪意は感じられない。祖母の話も真実なのだろうと、シュゼットは思った。  もし、シュゼットが『妖精の愛し子』だとわかっても、彼女がそれを何かに利用するとは考えにくかった。  それでも、はっきりと認めてしまうことはためらわれて、シュゼットは相変わらず黙っていた。  すると、リベタは何かを思いついたという顔になって、その後慌てて目を伏せた。  そして、すまなそうに小さな声でシュゼットに言った。 「あら、いけない――。『妖精の愛し子』だということは、人に知られてはならないことなのですよね。祖母も、いまわの際まで打ち明けてはくれませんでしたもの――。ごめんなさい。あなたを困らせるような質問をしてしまって――。さあ、もうこの話はおしまい! 美味しそうな果実を収穫できたことだし、厨房へ戻って朝食の準備をさっさと終わらせましょう!」  シュゼットは内心ホッとしていたが、このまま話を終えるのはリベタに申し訳ない気がした。  だから、さばさばとした様子で居館へ向かって歩き出したリベタの背中に思い切って声をかけた。 「小さなお皿に、ほんの少しのジャムかミルク、干し肉などを入れて、食物貯蔵庫か厨房の隅に置いてみてください。家や家具、そして庭の手入れを怠らず、物を大切にして暮らしてください。そうしたら、いつかきっとそこに心優しい妖精たちが集まるはずです。あの、わたしは……、母から、そう教わりました」  振り向いたリベタは、驚きながらも嬉しそうにシュゼットに微笑みかけた。  そして、「そうですね」とつぶやき、何度も小さく頷いた。  リベタの周りでは、音もなく集まってきた庭の妖精たちが、くるくると回りながら楽しげに踊っていた。 (見えなくても、感じられなくても、信じる人には何かが伝わるのかもしれないわ。そして、きっとその信じる心が妖精たちのよりどころになるのだわ――)  いつのまにか、シュゼットの周りにも妖精たちが集まってきていた。  リベタがお供えをすれば、きっと居心地のいい場所を探している赤頭さんが、どこかから現れてここに住みつくことだろう。  そうなれば、ここは妖精たちがさざめき、良いものや良いことが溢れる場所になる。  シュゼットは、そんな光景を思い浮かべながらリベタに駆け寄ると、腕を組んで厨房の扉へと戻っていった。
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