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7 オーラントへと続く道
朝食後、二階へ戻ったシュゼットは、部屋を掃除し窓辺の小皿を片付けた。
残っていたタッジーマッジーやジャムはいつの間にか消えていて、小皿は洗ったようにきれいになっていた。
出発の準備をして階下へ降りると、厨房や食堂に人影はなくしんとしていた。
シュゼットは、厨房の隅に干し肉のかけらを載せた小皿を見つけ思わず微笑んだ。
そして、心優しいリベタを喜ばせてやりたいと思った。
(どうしたら、赤頭さんをここへお招きできるかしら――。そうだわ! ルオーノさんに、この町で心地よい家を探している赤頭さんがいないかきいてみよう。もし、そういう赤頭さんがいるなら、この神殿のことを伝えるように頼んでみよう!)
シュゼットは、これからこの神殿に起こることを想像して、わくわくしながら居館を出た。
礼拝堂の入り口では、神殿長とリベタ、そしてエルマー神官がシュゼットを待っていた。
四人で一緒に、ジェレミアの魂の平穏とシュゼットの旅の安全を祈った。
「レステさん、いろいろとお手伝いくださりありがとうございました。あなたのおかげで、庭の草木が元気になったとリベタさんから聞きました。これは、エルマー神官が村でもらってきた焼き菓子です。旅の途中でお腹が空いたら、召し上がってくださいね。これにはお酒はかかっていませんから、いくら食べても大丈夫ですよ!」
神殿長は、そう言って小さな紙包みをシュゼットに差し出した。
エルマー神官は、ばつが悪そうな顔をして頭を掻きながらうつむいた。
リベタは、薬草園で摘んだ草花を束ねたタッジーマッジーをそれに添えた。
「レステさん、よい旅をお続けくださいね。そして、いつかまたここをお訪ねくださいね。いつでもお立ち寄りいただけるように、これからもできる限り手入れを続けていきますので――」
そう言って微笑んだリベタに、シュゼットも思いを込めて微笑み返した。
「ありがとうございます。もっとお役に立てればよかったのですが、北へ向かわねばなりませんのでこれで失礼いたします。どうぞ、皆様お元気で――」
シュゼットが三人に別れを告げている間も、次々と妖精が集まってきて、名残惜しそうに辺りを飛び回っていた。
彼らは、エルマー神官の頭や肩にときどきとまっては、小さな羽を休めたり、彼から漂うほのかな酒の香りをかいだりしていた。どうやら、彼は妖精たちにとって、親しみやすく気の置けない存在のようだ。
妖精を引き連れて坂道までシュゼットを送りに出てきたエルマー神官が、町の方を指さしながら言った。
「レステさん、先を急ぐのでしたら、坂の下の道を右へ行ったところにある馬車溜まりで、隣町のダンドン行きの馬車に乗るといいですよ。ダンドンで乗り継いで領都のクラインまで行けば、オーラントの先まで行く長距離の乗合馬車も出ているはずです」
「まあ、そうなんですか? それは助かります。いいことを教えてくださり、ありがとうございます、エルマー神官!」
「あ、いや――、夕べあの聖なる光を見たせいか、朝起きたときから『灰頭巾に力を貸すように』『灰頭巾を守ってやるように』という声が、ずっと頭の中に響いているのです。まあ、神官としては、誰かに言われなくてもそうするべきなのですけどね――」
照れ笑いを見せたエルマー神官の頭上では、キンポウゲの花のような妖精が、ぴょこぴょこ跳ねていた。妖精は、シュゼットの視線に気づくとキラキラ光をまき散らしながら微笑んだ。
シュゼットは、いつものように氷炎石とボタンを右手で包み、神殿の繁栄と妖精たちの幸福を願った。
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