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エルマー神官に言われたとおり歩いて行くと、北の城門へ続く道の途中に馬車溜まりがあった。
「ダンドン行き」と書かれた看板を下げた乗り合い馬車の前で、背の高い若者が馬に水を飲ませていた。すでに二人の客が、馬車に乗り込み出発を待っていた。
シュゼットは、路銀袋から銅貨3枚を取り出し、ダンドンまでの運賃として若者に渡した。
小半時ほどのち、シュゼットを含む八人の客を乗せて馬車は出発した。
ほとんどの乗客は、商人か職人という風体だったが、一人だけシュゼットと同じ灰頭巾がいた。シュゼットは、声をかけてみたいと思って様子をうかがっていたのだが、何も話さないうちに彼女はダンドンの手前の村で下車してしまった。
ダンドンでは、馬車溜まりでクライン行きの馬車に上手く乗り継げた。
そして、シュゼットは、その日のうちに無事クラインの城門をくぐることができたのだった。
クラインは、シュテーク公爵領の領都で、王都には及ばぬとはいえ、なかなか大きな町だった。
城門では、馬車から降りて、一人一人門番に旅手形を見せて検問を受けた。
灰頭巾であるシュゼットは、冥婚の証明書を見せるように言われた。
門番は、質問こそしなかったが、証明書を書いた神殿や神殿長の名前にも目をとめていた。
(大きな町ほど治安を維持するために、城門で厳しい検問を行って、怪しい人物の出入りを監視しているわけね。検問を避けたい人間は、大きな町には立ち寄らず脇道を使って旅をすることになるのかしら? もしかしたら、途中で馬車を降りたあの灰頭巾さんも、訳ありの旅だったのかもしれないわね――)
そう思うとシュゼットは、同じ空の下を旅する全ての灰頭巾のために祈りたくなった。
いつものようにボタンと氷炎石を握りしめ、ただ、彼女たちに今日も穏やかな夜が訪れることだけを願った。明日もまた、無事に旅が続けられますようにと――。
シュゼットは、城門の近くの屋台でパンを買い、ついでに神殿の場所をきいた。
大きな町だけに、全部で五つも神殿があった。
その晩は、町の中心にある最も大きな神殿の宿泊所へ泊まることにした。
神殿の入り口で色白の生真面目そうな男性神官に喜捨をわたし、礼拝堂で祈りを捧げた。
つねに参拝者の絶えない立派な神殿だったが、どういうわけか妖精の気配はほとんど感じられなかった。
豪奢な貴族の館で見かけるようなきっちり刈り込まれた整形庭園は、あまりにも人の手がかけられすぎていて、妖精たちにとっては居心地のいい場所ではないのかもしれなかった。
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