7 オーラントへと続く道

3/3
前へ
/119ページ
次へ
 小さな宿泊所で同室になったエリンと名乗る若い女性神官は、オーラントよりさらに北にあるグローテンという町から来たと言った。 「今年は、日照りのせいでクロムギの収穫が思わしくありませんでした。頼みのペルネイモは、病気が広がりこれもだめ。あとは、秋に収穫するマイシー(キビの一種)の出来にかかっています。わたしは、マイシーの豊作を聖都の大神殿で祈願するため巡礼に出たのです」 「まあ、それはご苦労様です。北方では、日照りがひどいと聞きましたけど、そこまで収穫に影響を与えていたんですね」 「ええ。ここ数年、グローテンがあるルンドウォール侯爵領では作物の収量が少しずつ減っていて、蓄えに回す分はほとんどありませんでした。このままでは、今年は飢える者が出てくるかもしれません。マイシーも不作となれば、農地を捨て仕事を求めて町へ人が押し寄せることになるでしょうね」  シュゼットは、ルオーノが、今年は冷え込むのが早く雪も深くなると話していたことを思い出した。実際には、エリンが考えているよりもひどい状況になる可能性もあった。   (オーラントの辺りだって、きっと日照りの影響を受けているに違いないわ。そこで暮らす妖精たちは、みんな無事なのかしら? プナッパさんはレドレル公爵様の病のことは、そこに住む地の精が知っているようなことを言っていたけれど、もしかすると侯爵様の病も日照りと関係があるのかもしれないわね)  シュゼットとエリンは、日没とともに礼拝堂へ行き、一日を振り返り神に祈りを捧げた。  二人はその後、焼き菓子やパンを分け合いささやかな夕食をとった。  ほんの少し赤味を帯びた月に見守られ、クラインの神殿の夜は静かに更けていった。  ルオーノに会えたら尋ねてみたいことがいろいろとあったが、その晩は、空色の光がシュゼットの前に現れることはなかった。  翌朝、シュゼットとエリンは、礼拝堂で朝の祈りをすませると、食堂で薄い麦粥を食べて一緒に神殿を出発した。  旅費を浮かせるため歩いて行くと言うエリンと別れ、シュゼットは一人で馬車溜まりへ向かった。北へ行く乗り合い馬車は、何台かあったがオーラント行きは見当たらなかった。  馬車溜まりの差配をしている男性に尋ねたところ、あまりの暑さで馬に無理をさせるわけにも行かず、北方へ行く長距離の乗合馬車は走っていないということがわかった。  シュゼットががっかりしていると、その男性は別の方法を教えてくれた。 「遠くまで行きたい客は、貸し馬車屋で御者付きの馬車を頼んでいるよ。金はかなりかかるが、乗合馬車と違って馬の負担も少ないから先を急げる。オーラントまでなら、頼めば行ってくれるはずだよ」  シュゼットは、男性に礼を言って馬車溜まりの隅の長椅子に腰掛けた。  馬車を雇う金がないわけではなかった。だが、亡き人のために巡礼をしている灰頭巾が、高価な貸し馬車に乗って贅沢に旅をするのはどうなのだろうと思った。  それではまるで、自分が偽りの灰頭巾であることを、公言しているようなものではないだろうか――。  迷った末にシュゼットは、隣のヘルネールの町まで行く乗り合い馬車へ乗ることにした。  時間はかかるかもしれないが、馬車がないところは歩いて繋ぎ少しずつ北へ進むしかない。  一日も早くオーラントへ行き、さらに北を目指す算段をする必要はあったが、シュゼットの心には、灰頭巾の役割を誠実に果たしたいという思いが芽生えていた。   (ジェレミアとの冥婚が認められたおかげで、王都を出て無事にここまでこられたんだわ。ジェレミアや彼の家族への感謝を忘れたくない。偽灰頭巾ではあるけれど、この姿をしている間はジェレミアのために祈り続けよう――)  シュゼットが胸に下げたボタンに目をやると、その思いが通じたかのようにボタンがきらりと光った。  その煌めきに勇気づけられ、シュゼットは気持ちを新たに馬車へと乗り込んだ。
/119ページ

最初のコメントを投稿しよう!

383人が本棚に入れています
本棚に追加