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思わず大きな声を出してしまい、シュゼットは慌てて口を押さえたが、イルゼは彼女の態度を誤解したようで、急いで頭を下げて言い訳をした。
「ああ、変なことを言ってごめんなさい。お若い方はご存じないですよね、赤頭さんなんて――。赤頭さんというのは、怖いものじゃないんです。ええっと――、台所とか食料貯蔵庫にいる妖精の仲間です。その家が、食べることで困らないようにいろいろと力を貸してくれるんですよ。赤い顔をした小鬼のような姿をしているらしいですけど、わたしは見たことがありません」
「赤い顔をした小鬼」なんて言われていることを知ったら、プナッパやコピーナは、きっと本当に小鬼のように目をつり上げて怒り出すだろう。その姿を想像するだけでおかしくて、シュゼットは、湧き上がってくる笑いを懸命にこらえながら言った。
「イ、イルゼさんは、どうしてこの宿の厨房に赤頭さんがいると思ったのですか?」
「先代の女将――亭主のお母さんが赤頭さんを信じていて、厨房の隅にお供えをしていたんです。わたしにも、『この宿が上手くいっているのは赤頭さんのおかげだから、お供えを決して欠かしちゃいけないよ』っていつも言っていて――。お母さんは、三年前に宿屋をわたしたちに任せて、オーラントにいる姉さん夫婦のところへ行ってしまったので、それからはわたしがお供えを続けているんですよ」
ヘルネールは小さな町だが、イルゼや先代の女将のように、妖精の存在を信じてお供えをしている人がたくさんいるのだろう。
神殿へシュゼットを迎えに来た妖精も、この辺りの家の庭に住んでいるのかもしれない。
シュゼットは、そんな町に滞在できることがとても嬉しかった。
そして、この宿にいるらしい赤頭さんと会っておきたいと思った。
「イルゼさん、わたしも赤頭さんにお供えをしていいですか?」
「えっ? ああ、それはかまいませんけど――。お供えしても、次の朝お皿が空になってるだけなんですよ。何かお礼が届くわけでもありません。亭主なんか、『お供えは、きっとネズミが食っているんだ。ネズミを太らせてもしょうがないだろ』って言うんですよ。まったく、お母さんと違って不信心なんだから! でも、わたしは、空になったお皿を見るのが嬉しいんです。赤頭さんが、お供えを快く受け取ってくれたんだって信じているから――」
「わたしは、こんな素敵な宿に泊まれたことを赤頭さんに感謝したいんです。知り合いからもらった美味しいジャムがあるので、あとで厨房にお供えさせてください」
「わかりました。赤頭さんも、レステさんのお供えをきっと喜ぶと思います!」
話はすぐにまとまり、厨房の片付けが終わった後、シュゼットもお供えをさせてもらえることになった。
イルゼが部屋を出て行くと、さっそく背嚢の中から屋台で買った小皿とジャムの瓶を取り出した。部屋の窓辺にも小皿を置けば、ここでもまた、たくさんの妖精が姿を見せるかもしれなかった。
シュゼットは、どきどきしながら夜の訪れを待った。
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