2 消えた婚約

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「シュゼット、これからのことは、あらためて話し合いましょう。新たな嫁ぎ先を探すにしても、一度婚約を取り消された娘に、たやすく良縁が見つかるとも思えません。公爵様との縁談が立ち消えとなったからには、おまえが伯爵家の令嬢でいる必要もなくなりました。身分やたいした資産もない身で、この先どうやって一人で生きていくのか真剣に考えないといけませんよ」 「格式張った公爵家などへ嫁いでも、きっと苦労が続いたはずよ。婚約が白紙になって、かえってよかったのではなくて?」 「行き先がないのなら、私の侍女として雇ってやってもいいわよ!」  冷笑まじりにたたみかけてくる義母と義姉たちから逃れるように、シュゼットはお辞儀をするとそそくさと義父の部屋を出た。  廊下に控えていたミルッカが、憤懣やるかたなしという顔で、シュゼットが出てきたばかりの扉を睨み付けていた。  一度は落胆したシュゼットだったが、自分のために怒ってくれるミルッカを見ているうちに、少しずつ体の中に力が湧いてくるのを感じた。  公爵には突き放されてしまったが、シュゼットはけっしてひとりぼっちではなかった。  ミルッカやオラヴィがいる。この屋敷に来てから仲良くなった園丁のジョエレや料理人のイベッタも、きっと力になってくれるだろう。 「ミルッカ、どうせ盗み聞きしていたのでしょう? お聞きの通り、わたしは公爵様に見限られてしまったらしいわ。明日にでも、離れから追い出されることになるでしょうね。だからといって、意地悪でわがままなジャニーヌ義姉様(ねえさま)の侍女なんてまっぴら! なんとか身の振り方を考えなくてはね」 「まったく、お貴族様というのは、どなたも自分勝手でございますね。でも心配いりませんよ、お嬢様! こんなことになったときに備えて、このミルッカが、いろいろと用意をととのえておきましたので――」  シュゼットは、ミルッカの手前、落胆を隠して陽気に振る舞って見せたのだが、ミルッカは、こうなることを願っていたかのように、満面に笑みを浮かべていた。  そして、いかにもせいせいしたという顔つきになって言葉を続けた。 「公爵家との婚姻のため、貴族の身分や後見人が必要だったとはいえ、よくまあ、あんな金の亡者のような方々の元で六年間もお暮らしになりましたよ。お嬢様の根性は、見上げたものですわ。さあさあ、離れへ戻ってさっそく引っ越しの準備をいたしましょう。亡き旦那様のお金をぶんどって飾り立てたこんな屋敷、こっちから出て行ってやりましょう!」  ミルッカは、渡り廊下に出ると、本邸を振り返って大げさにあかんべぇをした。
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