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シュゼットが父から受け継いだ資産は、シュゼットが結婚するまでの間、後見人である義父が管理することになっていた。
シュゼットは、毎年、「生活費」と称する僅かな金額を彼から渡されていた。
それを預けられたミルッカは、上手にやり繰りして必要な物を買い揃えていた。
「ねぇ、これらは、お返ししなくてもいいのかしら?」
母の形見である螺鈿細工の宝石箱の蓋を開けながら、シュゼットはミルッカに言った。
箱の中には、この八年あまりの間に公爵から届けられた誕生日の贈り物が並べてあった。
小さな櫛や耳飾り、首飾り、腕輪など、どれも丁寧な細工が施された特注品だ。
婚約が白紙に戻された今、これらを手元において置くことが、シュゼットは心苦しかった。
「婚約解消の詫び料としていただいておけばいいのですよ。あちらの都合で勝手に婚約を白紙に戻されたのですから、お返しする必要はありません。腐るもんじゃありませんしね。もし手放したくなったら、セレドニオに頼めば良い買い取り手を探してくれます。いつでもお金に換えることはできますよ」
ミルッカの言うとおりだった。
これからのことを考えれば、安易にいろいろなものを手放すべきではなかった。
シュゼットは、感謝の言葉を呟きながら、静かに宝石箱の蓋を閉じた。
―― バタンッ!
ノックや声かけもなく、突然部屋の扉が開かれたので、シュゼットは思わず宝石箱を抱きしめた。
扉を開けて断りもなく入ってきたのは、義姉たちだった。
「ああ、それ! その箱の中に隠していたのね!?」
長女のアデリーラが、目をギラギラさせながら叫んだ。
次女のジャニーヌは、尖った鼻先をさらに上に向けて、シュゼットを睨んでいた。
「毎年、おまえの誕生日には、公爵様から高価な装身具が贈られてきていたはずだとお母様が仰っていたの。婚約は白紙に戻されたのだし、おまえはこの家を出て平民になるのだから、そんなものはもう必要ないでしょう? これまで世話になったお礼として、わたしたちに譲るべきではなくて?」
「そんなものを持って町をうろついていれば、いずれ物盗りにでも襲われるに違いないわ! わたしやお姉様に託してくれれば、きっと役に立ててあげるわよ!」
二人は、宝石箱を奪い取ろうとシュゼットに迫ってきたが、すばやくミルッカが間に入りシュゼットをかばった。
「この宝石箱は、亡き奥様の形見の品でございます。お嬢様方の欲にまみれた手で触れていただきたくはありません!」
「生意気な! 鉱山で拾われた孤児のくせに、上品ぶったことを言うんじゃないわよ!」
「どうせ、シュゼットを騙して、いずれはおまえが自分のものにしようって魂胆なんでしょう!? 図々しい!」
「何ですって!?」
今にもつかみ合いの喧嘩となりそうな三人を、シュゼットはおろおろしながら見ていた。
日々の仕事で鍛えたミルッカは、見た目以上の腕力と胆力の持ち主だ。
食べたいものも食べず細腰を維持している義姉たちが、かなう相手ではない。
大騒ぎとなる前に宝石箱を渡してでもこの場を収めねばと、シュゼットが三人を引き離そうとしたとき、力強く扉を押し開けた者がいた。
―― バタンッ!
戸口には、オラヴィがにっこり笑って立っていた――。
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