4 懐かしい人

1/2
前へ
/120ページ
次へ

4 懐かしい人

「この部屋と隣室の家具や調度品を全て運び出してください。ローズウッドの高級品ですからね、傷を付けないよう慎重に運んでくださいよ。うっかり壊したりしたら、手間賃は一切払いませんからね!」  オラヴィに先導され、屈強な男たちが全部で五人、どかどかと部屋になだれこんできた。五人目の男の顔を見て、シュゼットははっとした。 (セレドニオ……)  六年ぶりに会ったセレドニオは、シュゼットに目礼すると、男たちに手際よく指示を出し荷物を運ばせ始めた。  シュゼットが、元の住まいから持ち込んだ、箪笥や書棚などが次々と部屋から出て行く。  ミルッカは、さっきの騒ぎなどすっかり忘れ、男たちの仕事ぶりを満足そうに眺めていた。 「ちょ、ちょっと、どういうことよ? なんで、調度品を持ち出すのよ?」  慌ててオラヴィを捕まえて、アデリーラが問い詰めた。  オラヴィは、肩を掴んだアデリーラの手をさっと払いのけると、いぶかしげな顔で言った。 「なんでって――、シュゼット様の新しいお住まいに運ぶためでございますよ。こちらのお屋敷を、明日にでも出なければならなくなるとのことですので、家具類は前もって運び出すことにいたしました」 「勝手なことをするんじゃないわよ! お父様に断りもなく、どうしておまえが――」  オラヴィに抗議しようと身を乗り出してきたジャニーヌの顎を、オラヴィがそっと掴んだ。  そして、ジャニーヌの顔に自分の顔をぐいっと近づけると、その姿に似合わぬ乱暴な下町訛りで言い放った。 「お嬢さん! あんたはご存じないようだが、ここの家具調度は、シュゼット様がこちらへ引き取られるときに元のお住まいから運んできたもんなんすよ。持ち主が、自分のもんをどこへ運び出そうと勝手でございやしょう? なんなら、あんたらが今お召しのドレスも剥ぎ取って運び出してもいいんすよ? その下品なくらいに派手なドレスは、シュゼット様が引き継ぐはずの資産を横取りして買ったもんに違いないんすからね! がたがた言うんじゃねえってんだ! この泥棒令嬢どもが!」 「ひ、ひぃぃ……」  オラヴィは、ジャニーヌの顎をひょいと押し戻して離すと、めったに人に見せたことのない酷薄な笑みを浮かべた。  恐ろしさのあまりジャニーヌは、目を丸くして佇むアデリーラにすがりついて泣き出した。  その様子を見たオラヴィは、いつもの愛敬のある顔に戻るとミルッカに言った。 「ミルッカさん、お二人はご気分がすぐれないので、本邸へお戻りになりたいそうです。渡り廊下までお見送りをお願いできますか?」 「ええ、承知いたしましたわ! さあ参りましょうか、アデリーラ様、ジャニーヌ様!」  姉妹は、ミルッカに部屋から押し出され、よろけるようにして渡り廊下へ向かった。  もう何も言う気力は残っていないらしく、黙ってされるままになっていた。  本邸に戻った彼女らは、あることないこと並べ立てて両親へ泣きつくに違いないが、ミルッカやオラヴィが知ったことではなかった。  シュゼットと共に屋敷を去るつもりの二人は、何があろうとやるべきことをやり抜く覚悟を決めていた。  据え付けの寝台以外、全ての家具調度を運び出し、男たちは引き上げていった。  ミルッカはオラヴィと一緒に、荷馬車への積み込みを手伝いに行った。
/120ページ

最初のコメントを投稿しよう!

390人が本棚に入れています
本棚に追加