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自然に零れる笑み。
しかし、次の瞬間、その笑みがすっと消えた。
「久我家は元々妖を飼いならしている。基本討伐する対象ではあるが、まれに能力の高い妖もいる。それらに術を使い、久我家で働いてもらっている」
「飼いならす?」
「我々は人間から妖を遠ざけるために、もっというと妖を抹殺するために存在する一族だ」
呆然とする文乃をよそに鷹臣はすっと立ちあがる。
「でも!妖みんながそういう存在ではありません。いい妖もたくさんいるのです」
鷹臣は何かを言おうと口を開くがすぐにそれは閉じられた。
「すまないが、時間がない。屋敷の案内は使用人にさせる」
どうやら仕事がまだあるそうで、その場を後にしてしまった。
文乃にとって妖は悪い存在ではなかった。もちろん悪さをする妖はたくさんいるだろう。
でもすべてではないのだ。優しく、温かい妖もいる。
どれくらいその場にいただろうか。トントン、とドアをノックする音がして顔を上げた。
ドアの隙間から小柄な少年、いや…青年が入ってきた。
「リク…?」
小柄だが綺麗な顔立ちをした人間にしか見えないその妖は昔と大して変わらないリクだった。
「文乃?…だよね?そうだよね!」
リクがぴょんぴょん飛びはね、文乃の胸に飛び込む。あの頃あった耳が今はないようだが、ほぼ変わらない友人との再会に涙が溢れてきた。
「あの後、何度か泉にいったけれどリクとは会えなくて…」
「うん、最近はようやく自由に外出が出来るけど当時はこの屋敷内しか移動出来なかったんだよ」
「…そう、なの?」
「ごめんね、心配させて」
「それって、この屋敷では“飼われている”から?」
リクは「まぁ。そうだね」とあっけらかんとした様子で言うが先ほどの鷹臣の言葉が脳内を駆け巡る。
「今日は僕が屋敷内を案内するよ。何かわからないことがあればシノに聞くといいよ。ここに来て一番の古株だからね」
そう言って笑うリクに先ほどまでの燻った感情が霧消する。
リクに母屋を案内してもらった。歩き疲れるほど広い母屋は迷わない自信がなかった。
文乃の部屋は二階に用意されていた。
通された部屋には鏡台や洋風の長机、椅子、内装は洋館のようだった。
先ほど案内された時も感じたが増改築を繰り返しているようで、和洋折衷の先代の好みが反映されているのだろうと思った。
リクとはもう少しお話をしたかったのだが、他の妖に呼ばれてどこかへ行ってしまう。
着物や洋服などは箪笥の中にいくつも用意してあった。。
鷹臣への淡い恋心を持っていたのだが、あの発言だけが気になってしまう。
「…関係ないわよね。この結婚は…どうせ愛なんてないのだから」
文乃は一人では広すぎる寝台に体を預け、目を閉じて気づくと眠りについていた。
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