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昨夜は慌ただしく一日が過ぎた。
朝食は食堂で鷹臣と一緒にとった。文乃も朝食の準備をしたいと申し出たのだが、鷹臣はしなくていいと言われてしまった。
まだここへきて一日しか経過していないのだが、妖たちがせっせと家事などをしている姿を見て疑問符が浮かぶ。
鷹臣の話では妖たちは縛られているはずなのに、何故かここにいる妖たちは皆楽しそうなのだ。
リクもそうだ。ここにいるのが幸せだとでも言いだしそうなほどに他の妖たちと楽しそうに過ごしている。
首を傾げながら朝食をとっていると正面に座る鷹臣が声を掛ける。
「なんだ、考え事か」
「そんなところです」
ムッとしたようにどこか不機嫌な雰囲気を纏う鷹臣は「好きな男のことか」と聞いた。
「へ?!好きなって、あ、」
一瞬文乃の好意が相手に伝わってしまったのかと思ったがそうではない。
手紙を書いてしまったことを心底後悔していた。
(…あれはあなたのことです、ということをいつ言えばいいのかしら)
「違います、違います。そんなことは一切考えておりません」
「ふぅん。そうか」
猜疑心たっぷりの目を向けられ文乃は咄嗟に目を逸らした。
朝食後、リクがお見送りに来る。
「昨日はリクと久しぶりに会話が出来たようだな」
「はい!ありがとうございます」
「へへ、僕も嬉しいです」
リクは鷹臣にとても懐いているように見えた。命の恩人だから、だというのはわかるがこの家に縛り付けられているとすれば窮屈さを感じられてもいいはずなのにそれが全くないのがやはり気になった。
鷹臣と文乃は銀座まで人力車で向かった。
銀座に行くのは久しぶりだが、もう少しお洒落をすればよかったと道行く人を見て心底思った。
流行りの洋服に身を包み、リボンでハーフアップにした可愛らしい少女やスーツを身に纏い闊歩する男性を見ると余計にそう思った。
鷹臣の半歩後ろを歩いていると傷の目立つ自分が余計に恥ずかしくなる。周囲からどんなふうに見られているのだろうか、と普段ならば考えないようなことが浮かぶ。
自然に足取りが重くなっていく。
「どうかしたか」
文乃との距離が開く度に、鷹臣が足を止めて後方にいる文乃を確認する。
いいえ、と首を横に振る。
「部屋に置いておいた着物や洋服は気に入ってくれたか」
「はい、素敵なワンピースや着物がたくさんあって驚きました」
「それは俺がすべて選んだ。気に入るものがあれば着てほしい」
「……は、い」
鷹臣が選んだものだとは知らずに思わず驚き固まった。
そんな文乃を見て、鷹臣はそっと手を差し出した。
「はぐれないように」
そう言った鷹臣に文乃は顔を赤くしながら自分の手を重ねた。
まるで自分が愛されているかのような錯覚を覚える。
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