運命の印

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―翌朝 「今日こそは、言おう」  朝起きて一番に声に出して自身に向けてそういった。 鷹臣とのことを考えてなかなか寝付けなかった。誤解をされているのは嫌だった。 誤解を解くには告白をするしかないのだが、仕方がない。  朝食を終えて、シノに頼んで掃除を手伝うことになった。今日の鷹臣の予定は夕方には戻ると聞いていたからその際に一緒に散歩に誘おうとシミュレーションを一人でしていた。 「ちょっと出かけてきますね。何かあればリクか、他の使用人たちに聞いてください」  シノは午前中からどこかへ出かけた。 見送って一時間もしない頃、玄関を掃き掃除しているとシノが帰宅した。 「あれ?もう戻られたのですか?」 箒を手にしたままそう訊くと、シノが微笑んだまま頷く。 あれ、と何かが引っ掛かる。それは違和感に近いのだが、具体的に訊かれても答えられないほど微々たる違和感なのだ。 「そうなの、予定より早く終わってね。それより、ハンカチあれはあなたにあげたものだから返さなくともいいのよ」  何の話をしているのだろうと思った瞬間、シノの顔が歪んだ。 瞬時に逃げなくては、と思ったのだが遅かった。それが姿を変え、西木野良一になっていた。 いや、西木野良一も仮の姿なのかもしれない。 そんなことを思ってすぐに意識を失っていた。 ♢♢♢  文乃がいなくなったことは直ぐに知れ渡り、鷹臣の耳にも直ぐに入る。 血相を変えて帰宅してきた鷹臣はシノや他の使用人たちに話を聞く。 玄関先を掃除していたはずの文乃が箒だけを残して忽然と姿を消したというのだ。 鷹臣は下唇を噛み、見たことのないほどに怒りを浮かべる。 「申し訳ございません、私が―」 「いや、シノは悪くない。妖だ、おそらく…相当強い妖力のあるものが人間に化けて侵入してきたのだろう」 「ですが、結界は、」 「くそっ―…、あの傷だ。あの傷に俺すらも気づかない術を掛けたんだ」  昨日、違和感はあった。文乃の首筋に僅かに引っ搔いたような跡があった。 相当強い妖力を持った妖なのだろう。術を掛けてそれを辿って屋敷に侵入してきたのだ。 最初から文乃を狙っていた。 「鷹臣様っ…」  鷹臣は周囲の反対を押し切ってすぐに屋敷を飛び出していた。 鷹臣はいつか妻を迎え入れるときは文乃しかいないと思っていた。  幼少期、妖を見ることの出来る力を持った少女が必死に妖を守ろうと勇敢に立ち向かっていた。 自分が死んでも構わないというその勇ましさに一瞬見惚れていた。 そして、彼女を助けた後に泣きながらもあまりにも綺麗に笑ってくれた少女に恋をしていた。  初恋の相手を妻として迎え入れることが出来たというのに、自分の仕事のせいで彼女が危険な目に合っている。 鷹臣は微かに残る妖の気配を辿り、走る。 ―神隠し  それが巷を騒がしているのは知っている。そしてその正体は妖だということも知っている。 鷹臣は被害が拡大する前に妖を討伐していたのだが、“本体”がまだ存在していたことを今知った。 「何かがおかしいと思っていたんだ―…」  人に化けることの出来る強い力を持つ妖が親玉だと思っていたのだが、調査をすると当初想定していたよりも能力の低い妖だったことが分かった。 だが、それが間違いだった。  初めから久我家を油断させるための工作だったようだ。 かすかに残る妖の気配を辿っていくと人の住んでいないようなボロボロになった家屋で強くなった。  躊躇することはなく、大股で家屋に入る。 土間を見渡した時、背後から土を踏む音がした。 刀に手をやり、振り返る。そこには長身の男に化けた妖がいた。 「やあやあ、久しぶりですねぇ。覚えていますか」 どこかぎこちない動きをするそれは妖だ。おそらく人間に化けているのだろうが、実際にいる人物に化けているはずだ。妖の腕の中には文乃が眠っていた。  直ぐに切りかかろうとするが、文乃がいる分動きが制限される。もどかしい。 「あなたに私の大切な人が殺されました。なので、その借りを返しにきたのですよ」 「お前たちが人に悪さをするからだ」 「悪さ?そもそも妖の方が人間よりも上なのですよ。勘違いしているのはお前たちだ」 ノイズがかった声に顔を顰めた。 文乃を無傷で取り返すにはタイミングが重要だ。 この妖はきっと文乃と鷹臣どちらも殺すつもりだろう。文乃の体をぎぎぎと音を立てながら締め付けている。 「離せっ…―」  妖が口元に弧を描く。 今ここで切りつけようとすれば、文乃を立てにするだろう。くそ、と口の中で吐き捨てる。  と、文乃の瞼が動いていることに鷹臣は気づいた。 次の瞬間、文乃は思いっきり拳で妖の喉元を攻撃していた。 ぎゃ、という短い悲鳴が響いた時、文乃を一瞬だけ離す。
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