運命の印

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「…離縁状、ね」  かつて自分が妹へかけた言葉を思い出していた。 おそらく、自分は離縁されるのだろうと思っていた。思い返せば、何故自分に突然結婚の話がきたのか今でもわからない。久我家は数百年続く名家だ。本当であれば妹の方へ結婚の話がくるはずだ。  だから最初は何度も夏菜の方ではないのかと確認したのだが、何故か文乃で間違いはないとの返答が来た。 久我家の思惑は全くわからない。ただ、久我家は名家であるのにも関らず、他の家との関りがほぼなかった。噂では裏で悪いことをしているとか、久我家ではたびたび人の叫び声が聞こえるとか、あまりいい噂を聞かない。そのあたりに何か理由があるのでは、など考えたがもちろん答えは出ない。  梅本家としては、傷モノである長女が色々な噂はあるものの名家の久我家に嫁ぐことになったのは大層喜ばしいことだった。 しかし…―。  結婚の際の顔合わせにも相手方の両親は出席したが当の花婿は不参加だった。 予想外過ぎる状況に文乃の両親も文乃自身もぽかんと口をあけ、お互い顔を合わせ、次第に顔を曇らせた。 だが、久我家の人たちは『急な仕事が入ったようでして』とのほほんとお茶を飲む。  頬を引き攣らせながら文乃の父が『本日はいらっしゃらないということでしょうか』と聞くが平然と『はい、そうです。申し訳ございません』とにこやかに返される。  久我家は元々広大な土地と財産を持ち、加えて貿易業や不動産等で更に財を成す家だった。 次期当主である文乃の夫になるであろう久我鷹臣ももちろんその仕事を手伝ってはいるのだろうが…。だとしても、両家の顔合わせにすら出席しないとはいったいどういうことだろう、と思った。 結婚は両家顔合わせの後とんとん拍子で進み、戸籍上では梅本から久我に姓が変わった。 『準備が整いましたら迎えに参ります、とのことです』  久我家の使用人からそのように伺っていたのだが、その“準備”が整うこともはなく三か月が経過した。 もちろん次期当主である鷹臣の顔も見たことはない。 「未だに顔も知らないし、放置されているし…はぁ、」  離縁状は夫の方からしか申し入れできない。それを妻が受け取れば離縁が成立する。 顔も知らない相手との結婚は、この時代は当たり前ではあるが結婚してからも顔すら知らないというのは聞いたことがない。  文乃は悶々とした気分を晴らそうと散歩しに家を出た。今日は天気が良いから散歩日和だ。 途中、細身の女性とすれ違った。 ぶつかりそうになるが“それ”を避けることはしなかった。 (あぁ、やっぱりだ。人間じゃない)  一見女性に見えるそれは人間ではなかった。だから文乃の体をすっと通り抜けていく。 文乃には幼いころから妖が見える。人間とほぼ変わらない容姿をしている妖は区別がつかない。 そのせいか幼いころには周囲から心配され、気味悪がられた。 その反応を見てから“見える”ことは秘密にしてきた。
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