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『……もだし、大体ね?仔よ、それは現実逃避というものさ。仔は我と結婚したいんじゃない。受験がイヤなんだよ、単に。分かる?』
古くからアニメで語り継がれる、出逢って4秒で求婚するやぁつぅ。は、
『いや分かる、分かるよ?突然の非日常。何も変わらない日々にいきなり現れたぁってシチュ、浮ついちゃうよね?分かる、天使すごい分かるでもね?』
普通に説教で返された。
もう三十分も正座させられている。部長以外の二人も巻き込まれている。
『そもそも天使ね?有精生殖じゃないの。XとかYとか無いの。ね?お腹みて?おへそないでしょ?』
部室は暗く、黒天使さんは黒いので今ひとつ判然としないが、たしかに露出された腹部には人ならあるべき凹みがないようにみえる。
「……おっぱいあるじゃないすか…」
小さな声でポソリと呟いた文句も、黒天使さんは『ああん?』と耳聡く拾う。
『こんなんなんぼでもつきますわ。なんなら6つくらいつけたろか?お腹に。見事なシックスパックですねってバカヤロッ、バ◯◯ンコノヤロッ。いや迷ったぜ?でも無いより有った方がなんかDXじゃん。ゴイスバディな方が偉そうじゃん。別にいいんだよ?上も下もつるっとする?関係ないんだから。両方とろうか?』
「ぁ、ぃぇ……そのままでいいと思います…」
『もっといえば生きてる訳じゃないの。存在してるだけなの。じゃあそれがどういう事かっていうとね…』
クドい。
『つうかそもそも信仰心が全く足りてないわ。天使ぞ?我天使ぞ?信仰を捧げよっ!んで壁からネピリムごわぁ!みたいな!?』
ちょいちょい挟むのは何なんだろう。イヤに外界に明るい。
「えっとスイマセン。ぼ、僕等はじゃあ、えっと、どれくらいのお願いなら…」
饒舌な黒天使さんに、おずおずと口を挟む。叶うなら還って欲しい、口にはしないが。
黒天使さんは『えー?』と、唇を尖らせた。
『健康かなー。向こう一年くらいの』
貰わんでも健康じゃい。三人は揃って肩を落とす。
「あの因みにそれ、魂持ってかれたり…」
『いらねぇよ、止めて。普通にいらない。うん、くれるっつってもいらない。天使だし」
「いや、どうみても堕天してんじゃないっすか?」
『っちょっとぉ!』
今まで偉そうにふんぞり返っていた黒天使さんが、突然恥ずかしそうに胸元を抑える。
『突然何言っちゃってんのこの仔は!ビリハラ!?ビリハラしたよね今!?お恐れながらと訴え出るよ!審判かけるよ!』
ビリ部分が何を指すのかは言及を控えるが、頬を膨らませてプンスカしてる様は何というか普通に可愛い。
『ホント、親の顔がみ……あっ!父の顔がみたいわ!むふふ、父。ね?まぁ!?どっちかというと!?父に!?お会いし…』
「ダメまって」
「もう止めときましょう」
『んー?なぁんでぇ?』
「あの……ごめんなさいなんで」
『んーふぅーん?』
この駄文を書き連ねてる人間の不安を知ってか知らずか。自称天使はニマニマしながら、三人へセンシティブな話題についての危機管理というものを教育した。
「健康下さい」
「あ、僕も。部長もそれでいーよな?」
「えーもうちょっと超能力っぽいのな…」
「ばかっ!けっ、健康最高!これで受験勉強が捗るぜえええ!」
「ひゃっほぅ!黒天使様こちらの仔羊に健康三丁ぅおおん!」
慌てて部長の口を塞ぐ二人。
黒天使は親指をグッと立てた。
『じゃあ健康準備するからちょい待っててね!』
「…………準備?」
首を傾げた三人を余所に、黒天使さんが魔法陣に腕を突っ込み『んー?どこだっけー?』と探るように動かす。
『……お、あったあ!』
ズルリと取り出したのは黒い液体の入った一升瓶。
「ウソ……だろ……?」
ラベルに『ヤ◯ヤ』と書いてある。
『ショットグラス一杯を週一で飲むのですよ』
にこりとアルカイックな微笑みで差し出してくる。
「わーサプリ以外もあるんだぁ…」
「部長貴様!」
「黙っとけ!」
『インドから取り寄せました』
「ぇまさかソーマすか!?」
『ふふふ…』
だが見て欲しい、黒天使さんの瞳。
黒目の中に黒目が浮き正直何も見て取れないのだから。
『玄米を麹で醗酵させたものです』
「黒酢じゃねぇか!」
『未成年に飲酒させる天使はオリますまい。天使だけに。あとソーマは酒じゃねぇ』
飲みやすいやつだから、と渡された黒酢を、訝しみながらも一口ずつ口にする三人。
「うわっ美味い!納得いかねぇ!」
「なんか味が丸い!納得いかねぇ!」
「全くぶつかってこない!納得いかねぇ!」
『そうでしょうそうでしょう』
満足気に頷く黒天使さん。ご自慢の一品であるようだ。
『さて、ごっさ健康になった仔等に天使からゴキゲンな非日常を贈りましょう』
アルカイックな微笑みのままそう告げる黒天使さん、やはり天使か。
『保健室にいって体調不良を偽りベッドを借りるのです』
その身に纏う光は黒く、どうみても闇だが、それを補って余りある愛溢るる表情はどうだろう。
『白衣の天使がヌいてくれます』
「悪魔じゃねぇか」
「悪魔だったわ」
「悪魔だコイツ」
まるで詐欺師と見紛うそれである。
『天使ですよ。ラッパ吹くぞ?』
優美な微笑みを湛えたまま、黒天使さんがゆっくりと魔法陣の中に沈んでいく。
『ええ、もうこれで我、帰還するんで?ねぇ?このあと仔等がどうしようと……まぁ、関知は出来らしやせんなぁ?』
何一つ判然としないまま、天に?多分還っていく黒天使さん。輪っかまで沈んだところで、ひょいと腕だけ魔法陣から上がる。
『健闘を祈る』
文章化するのも憚られる例の手の形のまま、やがてそれも魔法陣に沈んだ。黒天使さんの帰還に併せるように、魔法陣の光も立ち消える。
「……………………」
三人は、無言のまま顔を見合わせた。
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