黒天使さんと。

5/5

3人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
 そうして夫婦となった二人は、仲睦まじく暮らしていた。  ささやかで、朴訥で、何よりも幸福な日々。  妻も自らが天使であった事もやがて忘れた。  しかしある夜。  妻は偶々、目覚めてしまったのだ。  夫が、眠っている妻のお腹に黒酢を塗り込んでいる最中に。  この肌は透明感があり過ぎた。  清水に墨汁を垂らすように、透き通るその肌に黒酢が染み込んでゆく。  妻は理解した。  ああ夫はあの時、川上から黒酢を流したのだ。  ほんの悪戯心で、私は天界に戻れなくなったのだ。  憎い、憎い憎い憎い憎い憎い。  この浅ましい黒酢売りのせいで、私は天使でいられなくなった。  色彩は具象である。形而に堕ちた故に天使は神性を失った。  憎い憎い憎い憎い憎い………  憎い、のに。  妻は色を知ってしまったのだ。  夫の日常を、営みを、平々たるいくらでも鮮やかな色彩を、愛おしいと思ってしまった。  そうしていくらでも欲しがって、喰み舐り飲み込んだ、その果てがこの色。  全ての色彩を内包する、黒という色。  ああ、愛しい、憎い。  それは相反するはずの二つの感情。その二つは平行線で、しかし互いに触れようと、手を伸ばしてしまった。  全ての感情が混ざりあう程に、妻の身体は黒さを増した。  とても、哀しい話だ。  何より黒酢を常飲していた彼女は健康で、故に心が先に壊れた。  黒天使さんは憎む。自らに象を押し付けた黒酢を。  黒天使さんは愛しむ。自らに心を押し付けた黒酢を。  相反する二つの感情は、黒天使さんの心をいとも容易く爛れさせる。これ以降、黒天使さんの行動に理屈が伴わなくなった。  夫を滅多に分解した後、如何して生き返らないのかと、破片を縫い合わせる始末。  健康なら、夫が健康ならば、元通りになるはずなのだと、そういった生産者の願いが、このサプリを産み、そして育んだのです。  健康、健康、健康ときて、また健康。  堕天の奇行に根ざした、確かな効能。  暴飲暴食、異食もへっちゃら。  初回送料込みで99円。  もちろん定期購入の回数縛りなし。  面倒な勧誘なども一切なし。  みなさ〜ん!健康ですよーっ!
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加