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それから、歩いて、少し寄り道してから帰宅する。家は静かだった。
それもそのはずで、リビングのソファーの上で、まつりが眠っていた。
だらんと、足を伸ばして。
だけど上着は手が赤くなるくらい握りしめている。
まるでなにかに怯えるように。
一人で意識的には眠れなくても睡魔に負けてしまえば無意識的に眠れる。目覚めたときの精神状態はわからないが。
そういえば確か、さらにさらに数ヶ月前は、ずっと部屋にこもっていたので、会っていなかったのだが──果たしてその間に、なにかあったのだろうか。
それからは、ぼくのそばによく居るようになった気がする。電話を使う回数も、増えた気も、するし……案外、元気になったのではなくて、ぼくになにかを隠そうとしているんじゃないかと思う面もある。
「まあいいか」
言いたくないなら。
「──いや……」
それとも、聞き出すべきなんだろうか。先月、いろいろあってから、なんとなく、自分の先入観や価値観みたいなものが、揺らいでいた。そしてそれはたぶん、こいつに対するものだ。
うまくは、言えないのだが……だんだん、人間らしくなっている。感情が、表れている。補正されたみたいに。それから──こいつの嘘が、少し見抜けなくなってきた、ような。寂しい、ような。
「って、ぼくは子どもの成長を見守る親か──」
……まあ、少しそういう面がないわけじゃ無い。互いに。
誰にでも『こちらに関わるな』と、拒絶されてきた。『あんたなんか』と、否定されてきた。存在が異端、らしかった。あいつも、ぼくも。自分では意味がわからないけれど。
ぼくからすれば、単に個性や特性の話な気がして──まあ、いろいろあるんだろう、と言ってまとめてみる。
『あの子は失い始めている』
と、以前のまつりをよく知る、昔の関係者から、先日、言われた。なにかを、取り戻し始めた代償、らしい。
あいつの完全な記憶喪失が、もし、前より少しでも、一部であれ減ってきていたなら、取り戻すのが早まっているなら、そういう解釈にもなるわけだった。
昔よりも使える力が落ちてきていて、それでも曲げない信念によって、負担が、増えている、みたいで、昔と同じように働かせると死ぬ、とか。
忘れようとしても取り戻すものたちが、他のことを考えるスペースを、狭めて、邪魔し始めた。
ぼくは、そうとも気付かず、勝手に浮かれていたのだ。知らない間に《もう一人の自分》が、《他人》になっていく気がしていた。
『自分』がどうしていようと、自分が自分をどうしようと関係がなかったのに、ぼくは『他人』に、関わるのは怖かった。他人のことは、わからないから。
だから、怖かった。
(……なんて嫌な、身勝手なエゴだ)
家族も、友達も、そしてあいつも。結局は他人であり、きっとそれを──距離を、常に尊重するべきなのに。
突き放す意味ではなく自分として重ね過ぎては、だめだという、ぼく自身への戒めを、いつの間にか忘れかけていた。
気がつけば自分を失わないで欲しい、なんて、思ってしまっていたのだ。
それが今のあいつの負担なのかもしれないのに。
なんて、情けない。
あいつの気持ちなんて、わからないけれど、だけど、もし、辛いなら。
「……ぼくを──忘れてもいいから、だから」
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