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──そんな、悲しそうな顔をしないでくれ……
どういう夢なのかは知らないが、目の端に涙が溜まっていた。小さく、なにかを呟いていた。それが何なのかは、うまく聞き取れなかったけれど、あまり良い言葉に思えなかった。
──と、突然まつりは目を開き、夢から帰って来たことを表すように、勢いよく、がばっと起きて、それから、ぼんやりした頭で、現実を見て、視界にぼくを捉えた。
反応を台詞にするなら『……!……!?』という感じだ。
それから、こちらを、きっ、とにらんで嫌そうに舌打ちしたかと思うと、だんだんと顔が赤くなって、恥ずかしそうに上着で顔を隠してしまう。
……まあ、あいつのそんなプライドなど、ぼくには関係ないのだが。
「……帰って来る途中で、コロッケ買ってきたけどさ、食べる?」
とりあえず聞いてみると、いらない、と言われた。嫌そうに。要ると言っているみたいだった。
うーん……
「まあ、じゃあ今は──その……」
抱きついてもいいけど、と、適当に言ってみる。昔ならあり得ない提案だ。期待しなかったのだが、反応がある。ソファーに居ながら、こちらを見もせずに、俯いたまま腕を引っ張ってきて、かけていた上着と、ぼくを抱え込んだ。
いつの間にか、ぼくは体温を、拒絶しなくなった。あんなに嫌いだった他人との接触を、気付けば受け入れている。
それも──こいつがもう一人の、自分だから。そう思っていたのに。そうだと、思うのに。
やっぱりずっと、弱くて儚くて、壊れやすい生き物だなと、思った。
それから、存在を確かめるように、くっついていた。まるで、頭から消えないように、と願っているみたいだった。
腕が痛いし、ぼくは早く退きたいくらいで──でも、その必死さを見ていたら、今くらいは堪えようと思えた。
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