1:A定食、待ち合わせ

6/6
前へ
/27ページ
次へ
「──未完成なんだよ……」 まつりはぼくの肩に頭を乗せたまま、答えた。 寝ぼけていたり、眠気がある間、こいつはどこか、幼い。 「はあ……」 よくわからない。 話を聞いてほしいわけじゃ、ないのだろう。 「未完成だからっ、製造が未完成で──出来損ないで──ずっとさ。どうして、怒られなきゃなんなくて。でも、おかしいよ、出来損ないだから、出来損ないを作ったんだろ……?」 「うん、大丈夫だよ」 「だって、だって、なんで、そうじゃなきゃ、余計なものも背負わなきゃならなくて──」 「ふうん……」  よくわからないけれど、言語なのかもわからないことを、まつりはひたすらに呟く。ぼくは適当に相槌を打った。意味なんて成さないけれど。 ──それが続くのかと思っていたのに、ふと、両腕を離し、何かを思ったのか、突然、ぼくを押し倒してきた。 ……えーと。意味がわからない。見下ろされたまま、おろおろしていると、まつりは不意に笑った。優しく、寂しそうに、ぼくを見ていた。 「えっと……」 ぼくは何か、言おうとした。あいつは、ふふふふ、と笑った。きょとんと、それこそ、まつりがよくするみたいな表情になってしまう。 「……ふふふふっ。ああ! 怖がって、怯えた顔って、やっぱりいいなあ──見ていて幸せになれる。やっと、なにかが回復したよ」  あなたの笑顔が生きる希望です、いやあ人類の宝って、本当こういうものなんですよね。みたいなニュアンスでなんとも最低な台詞を、ほっこりした満面の笑み(……何度でも言うが、こういうやつである)で言われた。 ああ、危ない危ない、少ない語彙を駆使して慰めなくて、良かった。こんな悪趣味まで極まる必要はないのに。にらんでみる。笑っていた。 まつりは、いつの間にかローテーブルに置いていたコロッケの包みを取り、雑に破って、食べ始める。 「ちょっと、ぼくのぶんー―」 思い出したように付け足す頃には食べ終わっていた。早い、早すぎる…… 「ごちそーさま!」 ──なんとも幸せそうに言われるので、やっぱり結局、ぼくには何も言えない。悔しい。 「前から思ってたが、お前はぼくに、怯えて欲しいのか」 「んー? 近づいたときの反応や、表情筋を観察したい……なかなか面白い。破格のつもりだったけど、以前の反応が、思ったより気に入った」  まだ話し続けようとするので、無視して立ち上がる。 ……しまった。 「うん。そうだよ」とだけ返ってくると思っていたのに、解体癖のあるやつのフェチシズム(性的倒錯)なんて思いがけずに知りたくない。 ……考えてはいたが、さすがに、ぼくはこいつに甘すぎると思う。いくらいろいろあったからとはいえ、教育方針的な何かを見直すべきなのでは。まあそんなものは、ないけれど。  まつりはその間、さっさと立ち上がり、玄関に向かおうとしてから「……あ、人間を持ってくるの、忘れた」と呟いた。傘みたいに。 「忘れてろ」 投げやりにぼくが言うと、忘れたいものほど、忘れられないんだよと答えた。 まったく、その通りだ。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加