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図書館に入ってみると、思ったよりは空いていた。ロビーからぐるぐる(もちろん静かに)一階を回ってみたのだが、どうやらそれらしき人物はこのフロアにいないようだった。
まつりは案内表示を眺めながらふと、小さくぼくを呼ぶ。
「──覚えてるよね? 条件」
相変わらず、何を考えているかわからない目をしていた。
だが、その言葉を口にするというのは、まつりがぼくに《釘》を指すための行為だとぼくは知っていた。もう、なにか察したのかもしれない。
やる前からすでに計画がバレているのなら、どうしようもない。なんだかやりきれない思いだ。
『条件』が、ぼくらにはある。普段は意識しないが、それから外れないように過ごすことを、互いに決めていた。
頷く。ちなみに、前にも何度かあったやりとりである。
「……もちろん」
まつりは、じっと、ぼくの回答を待つ。ぼくは答えた。
「大丈夫だよ。『まつりが今後一切の全てを、周りの何かをバラ(解体)したりしない限りは、ぼくはまつりに根本的な意味では逆らわないし、ずっとそばにいるし、望むことはするよ』」
それは最初に、結んだ契約だ。そして、最初に出来た規約。
歪んだまま生きるために大きく歪められた、最低限の枠だった。まつりは納得する答えが聞けて、満足そうに笑う。だがすぐに表情を戻した。
「うんうん。『まつりは、夏々都を裏切らないし、規約からは外れないよ。夏々都が契約や、全てをバラ(口外)したりしない限りは、誰からでも守ってあげる。欲しいものなら──全部あげる』」
ふふ、と、声だけでまつりは笑った。目が合う。なんとなく気まずくて、顔を逸らした。そのまま表示を読む。どの部屋も禁煙と書いてあった。
「ぼくは、お前以外、いらないよ」
「ふははは! なにそれ、やめてよ、吐き気がする!」
まつりはこの手の台詞が嫌いなことをぼくは知っていて、あえて言った。まつりは嫌そうに笑った。
何回か経験したこのやりとりを続けても楽しくない。面倒だったので、ぼくはまとめる。ここはひとまず降参だ。
「……はあ。わかったわかった。お前は、だから──」
そこまで言って、ふいに引き寄せられ、ろくに話も聞かないで、ぎゅ、と抱き付かれた。なにがしたいのかは相変わらずよくわからない。
……幸いにも、周りには誰もいなかった。せっかくまとめようとしていたので喋らせて欲しかったのに。
こいつはどういう思考回路なのか、なんて聞いても無意味なのだが、思わずにはいられない。
「あのな、お前ぼくにそんなに喧嘩を売りたいのか?」
まつりが着ていた薄手のコートがあるので、あまり体温を感じずに済んだが、これはこれで、ごわごわして落ち着かない。
「フラストレーション……欲求不満なのです」
「はあ?」
突然異次元から言葉が飛んできた。……怒ってくれということだろうか。
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