2人が本棚に入れています
本棚に追加
「手当てを──あっ、傷って、舐めたら治るっていうよね?」
とんでもないことを聞いた気がして、救急セットを置いたままにこにこしていたそいつから反射的に離れた。こわい。
「……いいか、触るな、寄るなよ」
全身傷だらけのぼくは、自分が侵入者であることも棚にあげた発言をした。
すごい勢いで逃げるぼくを見て、そいつはびっくりしていた。思い付いたから言っただけらしい。紛らわしい。
「なんだよ……」
「そもそもきみの傷を治そうなんて、これっぽっちも考えていなかったから、安心してよ。痛かろうが関係ないし。もっと痛くても関係ないし」
逆に、衝撃だった。安心どころじゃなかった。なんとなく、気が抜けて、遠ざかった距離のままでいると、そいつは、救急セットを、ぼくの足元に置いた。
「自分で消毒して。これ使っていいよ。お年玉で買ったし」
「お年玉で救急セットを買うやつを、初めて見たよ」
「よく怪我するからね」
「そう」
そのときだけ、そいつの足を見た。いくらか、痣みたいなものとか、切り傷、さっき転んだときの擦り傷があった。どうも自分の怪我を、忘れてしまっているらしく、消毒はこれで、テープはこれで、と説明して立ち上がろうとして、痛みに驚いて、転んでいた。よく転ぶやつだが、少し心配になる。
「……あの、侵入者であることについて、コメントしないのでしょうか」
「毎日のように侵入者は来るよ?」
平然と、答えてくれた。だが、あながち冗談じゃないのかなと、思った。そいつの家はとても大きなお屋敷だった。この庭の裏、すぐ向こうの。少し複雑な気分になっていたら、そいつも複雑そうに、苦笑いした。
「えっ、いや、実際そんなに来ないんだって……ごめんって!」
気遣いかたが、ぼくと同じで、変な方向にあるようだった。つまり分かりにくい。逆に傷付けかねないくらいに。なんだか、親近感が沸いた。ぼくが。親近感なんて、親にも、兄弟にも、今まで誰にも抱かなかったのに。
最初のコメントを投稿しよう!