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早朝、D、始まり
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少し、ぼくの同居人の、話をしよう。
中学二年生の夏休み頃だ。
目撃者の証言も、大きな証拠も見つからないで闇に葬られたような、そんな、屋敷一家の惨殺事件があったのだが──ぼくの家の向かいの、その事件があったお屋敷に住んでいた子どもが、同居人の『佳ノ宮まつり』で、そして逃げる途中だったまつりに手を貸したのが、ぼくだった。
どうして、ぼくは、わざわざ助けたのだろう。 そこがうまく、説明出来ないが、血まみれで赤い、白いワンピースを着た姿を。手を引かれたまま、壊れたオルゴール人形みたいに笑う姿を、ぼくは、今でもはっきり思い出せる。
とにかく、事情があって、今はそいつと、互いを監視している感じに、暮らしているのだった。
その、佳ノ宮まつりは、推定では、ぼくと同じくらいの年齢だ。中性的で、綺麗な顔立ちをしている。
事件があってからの数年、いろいろあったが、今はどこか表情柔らかくなってきた、かもしれない。
耳が隠れていた髪は、最近また切ったらしく、今は若干短くなっていた。身長は、なぜだかぼくより15センチくらい高く、いつもぶかぶかの服を着て、不思議そうに周りの生き物を見ている不思議人物。
一時期は、20もの仕事を、同時に受け持ち、すべてを同時刻にぴったり終わらせたらしい、そんな、ある意味ではスパゲティコードみたいな、多重思考回路の持ち主。
仕事というのは、まつりの住んでいた家の──組織的な身内からの、(現在は《ある事情》で散り散りになり、亡命かなにかしているらしい)雑用だと本人はいう。
性格には、かなりムラがあり、子どもっぽくて、大人びていて、気まぐれな、華奢で儚い人物だ。性別には属していなくて、決まった思考にも嵌まっていない。そんな人物。
無垢で腹黒く、気安く触れると狂暴な、そんな愛らしい、ぼくの幼なじみ。
そうだ、これも付け足しておこう。まつりは高い知能と、記憶喪失を、同時に持っている。記憶喪失の方は、幼い頃になにかがあってからのこと。
頭のなかに記憶を、バラバラに所有して、並び方を自分で把握している。通常の人間のように、整頓して分けていない。それは、引き出しが多く、全体を把握しやすいのだが、反面で鍵を無くしやすい状態のようだった。
あいつが複数のことを考えられるのは、それだけのリスクがある。特に人間関係を喪失しやすい。関わっていないと、忘れてしまうのだという。
『事件』によって、まつりのこの症状は酷くなり、最近になって、もうひとつ、厄介な問題が、発覚した。
《あの日》から、悪夢を見ることが増え、一人で眠れなくなっていたのだという。詳しいことは知らないが、あいつがそれだけ繊細になっても、恐怖に過敏になってしまっても、仕方がないような、事情があるのだと思う。
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