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それが心配なので、最近は、ぼくの近くで寝ている。ぼくの部屋にいる。見過ごすわけにもいかなかったのだ。
寝相だけは、悪くないのがまだ救いだろうか。
まだ。
ぼくとの関係は──よくわからない。あいつはあいつ、ぼくはぼくで、だからこそ互いの好きなようにしているし、互いに自分の意思は譲らない。
そういう、自由な、しかし最終的には離れられないような依存状態。だから、違っていてもどこか噛み合うのだろう。
偏った感情も、恋愛感情も友情もない。ただ純粋に、安心に浸っている。
家族でも、他の誰でも埋まらなかった、何かを、互いを『同じように違う』という奇跡のように残酷な存在として、生き物として受け入れている。
実はぼくも、あいつの性質に少しだけ、似ている部分があるのだ。
──ただ、噛み合わない部分に関して言えば、それなりに最悪だ。
つい最近、数えきれない悪癖の、またひとつが発覚し、ぼくを悩ませているのだった。
最初は早朝からのんびり起き出したなあと思っていたのに、いきなり首筋に吸い付いてきて、そのまま唐突に二度寝しようとするようになった。つまりぼくの安眠の方に、深刻な被害が出始めた。
たぶん……本人的には、体温が低くなりやすいみたいなので、無意識に温まろうとしているのだろうか。うーん、わからない。
ちなみに、空調にはちゃんと気を使っているし(本人が)、布団も温かいようにしてあるし、まつりの部屋で寝ればいいと言ったがそれはだめと言われたことを明記しておこう。
いや、それにしてもだ。もしかしたら、枕なども寝ぼけながら噛んだりしていたのだろうか、と心配になってくる。どうしよう、ダニとか、その辺が……
「とりあえずな。疲れて寝ている人を容易く起こしてはならない、とこいつは思わないのか?」
布団を被り直し、起こされた恨みを込めて呟くが、まつりはただ、首を傾げ、悪気なく呟いた。ちゃっかり自分の方に布団を引っ張っている。
「知らなかった」
……そうですか。
主に地球儀と図鑑と机とベッドくらいしかない、6LDK以上が若干ある、借家(まつりのツテらしいが、よくわからない)の、ぼくの部屋で、床に置いて寝ていたはずのそいつが、どうして、こんなにそばにいるのかと呆れてしまう。
正確には、目の前に、すぐ右側に、覗き込むようにしている。
「どけ。お前は、血を吸って生きてる種族なのかよ。ぼくの魔力かヒットポイントを削るのか」
「んー、あったかい……えへへ」
無理矢理に、ぼくの寝ている布団の中に入ってきて呟く。なんというか、幸せそうだった。
(──っていうか、聞いてないな……)
すり寄ってくるかと思えばそのまま首を噛まれた。
「歯を立てるな」
そろそろ突き飛ばしていいだろうか。なにかの癒し系動物みたいだなと、少しだけ、和んでしまったのが悔しい。
「ううううるさい……響く」
隣で喋られ、ダメージを受けたらしい。
なんとなく舌打ちしたくなったが、やめた。ちなみに、むしろ撫でてみようとしたら、腕を折られかけた。
補食を邪魔するなという警告なのか、防衛本能による反応なのか。
本人的には『わーい血管ー』だそうだ。これに対し、つっこんではいけない。それは皮膚だ、とか。普段は特には考えず、単語を並べているだけなのだから。
ぼくが少しは人に慣れて来たからと言っても限度くらいはあるのに。どうしてか、くっついてくる回数が増えてしまった。困った。
めんどくさい……
ちなみに、今までは、遠慮してくれていたらしい。
もしぼくがやめろと言えば、それはそれで、従うのだろう。だがそんなことをして、あいつがまた眠れなくなるなら困る。複雑だった。
「……聞こえますか、どいてください」
苛立ちを込めて訴えると、だからうるさい、と、唸られた。こっちが唸りたい。
「喋るな。低血糖なんだよ朝は──糖分が足りないんだよー。仕方ないだろ」
わがままだ。首筋に顔を埋めたまま平然と、ぼやかれた。全く仕方なくない。眠い、というだけで、気遣う、という理念は容易く捨て去られるのかもしれなかった。
まつりは最近、よく眠れるようになったらしい。それは良かったが、元気だと元気で、うるさいのがまた、密かな悩みどころだ。
「ああああもう、だーから、邪魔だって言ってんだよ、聞け!」
布団を身代わりにして、立ち上がっても、避けられて無意味だった。離れてくれない。目が回る。頭がふらふらする。体温が……
相変わらずの、ぶかぶかの、パジャマで(どこに売ってんのか、というような、白地に白い光沢のあるボタン、レース柄の高そうなもの)ぼくを抱き込んで、まつりはどこか嬉しそうに反抗していた。(いつの間にか布団は床に放られている)幼い印象を受ける。眠そうな間は、だが。
(えーっとどうだっけな、確か──引き寄せて、体勢を低くしながら、崩して……)
ひとまず、鬱陶しい腕からの抜けかたを考えて、実行しようとしてみる。足をかけられて逆に容易く倒されてしまった。
服の首もとを持って、(ぼくは着ていた服でそのまま寝ている)頭だけは、打たないようにしてくれるが。なにしてんの? と言いたげだ。
「あ──敵は逃がすなって、習ったからつい……びっくりしたじゃないか。変な構えをするからだよー」
……まあ、こういうやつだ。阻害を許さず、自分の意思を貫くためには容赦がないらしい。誰であれ。
ぼくを見下ろして、まつりは悪びれずに、きょとんと首を傾げて、そう言った。ぼんやりした声で。近距離なら、たぶんぼくよりずっと強い。何度も殺されかけてきたらしい。
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