早朝、D、始まり

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 にらみつけてみると、困ったように口を尖らせていた。目だけは、変わらずにきょとんとしているので、何を考えているかわからない。ぼくは体をもとにもどす。腕を掴まれた。 「だって、朝食を作るためには充分に朝ごはんが必要なんだよ。少しだけ我慢してよ……起きられないよー。ここ、甘いものとか置いてないし」 寝室に甘いものなんてぼくは置かない。 「お前起きてるじゃねぇか。ぼくは朝ごはんじゃない。手を離せ、触るな」 呆れる。意味がわからない。いつものことだが。時刻は6時。まだ学校は開いていない。起こされただけなのである。なぜなのか、こいつは早起きだ。どうして部屋にいることを許しただけなのに、こんなに調子に乗れるのだろう……  あいつのことなど、ぼくには、なんにもわからない。あいつなりには、『癒しに飢えている』らしい。極端だ。ぼくに癒しなんかを求める時点でどうかしている。 ――最近、かつて、まつりが嬉しそうに構っていた、少女の、あの子の気持ちが少しわかる気がした。  なんだか会話も面倒になってきて、黙ってぼんやり、窓から電柱を眺めていると、顔に手を添えられたのをすかさず払い落としてから、立ち上がる。 手が上に行って、拘束が緩んだのかもしれない。眉を寄せてなぜか不思議そうに「けち」と、言われた。お金は大事だから仕方がない。  ようやく自由になれたので、とりあえず顔でも洗いに行こうとしたら、『あ、そーだ』と思い付いたように言われる。思わず足を止める。悪魔みたいな、笑顔だった。 「ご飯作っといて。炊飯器も変わったし、トースターは壊れたし……夏々都のせいでえねるぎーが足りない、動けないし」 「……なんだよ、せいでって」 ちなみに、これまで甘やかしてきたのは、だいたいぼくである。ある意味自業自得な面は──認めたくない。まあ、同じように、ぼくを甘やかしたのはこいつだったりする。ため息を吐く。 ああ、もう……  その後、なんとか寝起きの記憶をかき回し「冷蔵庫にプリンがあるんじゃないかな」の呪文を唱えた瞬間に抱えていたぼくを投げ捨てた。 ……いつものことである。どこまでも奔放だ。  嬉しそうに朝食を作ってくれている間、奥の部屋で顔を洗ったりしてきて、それから、服を着替える。まつりはいつの間にか着替えていた。  どうも、見せられるギリギリの範囲らしい、手首のちょい上くらいを、リストバンドで留めている。ぶかぶかのスタイルを貫くのも、苦労しそうだった。 (バンドとかチョーカーとか、沢山持っているみたいだが、まさか、このためだとは) 服装には多数の意味があるようだが──まずあいつは薄着恐怖症気味、らしい。長袖が無いと外に出ない。 (ちなみにだが、ぼくが家電を構うと、よく悲惨なことになるため、家事はだいたい、なにもするな、と言われているのだった)  日の光で目を覚ますために、外に出て、郵便受けを覗きに行く。あれから、すっかり春だ。ちょっとだけ、まだ寒い。  今日はいつもらしく、新聞を取り出してから──もうひとつ、封筒が入っていることに気が付いた。 「あれ?」  特には差出人の住所がない。手紙は《ある場所》を経由して、こっちまで届けてもらっているので、宛先はその場所の住所になっていた。書かれた文字を読み上げる。綺麗な、達筆な文字だった。これは筆ペンで書いたのだろうか。 「愛しいキャンベルへ」 差出人の名前は、Aだった。いやAのよこに、小さく、7があって、反転になってくっついてる? ……よくわからない。 「……キャンベルって、あいつか」 キャンベル。 これって、どこかでのコードネームかなにかか?  ちょっと、呼んでみたくなった。キャンベルと呼んでみたら、怒るんだろうか、違う反応を示すだろうか。 「いや、やめとこう……」  俊敏なキャンベルが、今度は過敏になってしまいそうな気がした。だめだ、手がつけられなくなる。勝手に開けるのはどうかと思ったので、ぼくはそれらを持って、改めて家の中に入った。 「お手紙ですよー」  と、玄関、リビングを通って、キッチンにいるまつりに言ってみたが、どうも聞こえていなかった。機嫌が良さそうに、野菜を刻んでいた。相変わらずわからない。そんなに、いいことでも、あったのか? 「……勝手に読んじゃおうかなあ」 「だめ」 短く、拒否された。なんだ、聞いていたのかよ。なんとなく、好奇心が疼いてきた。呟いてみる。 「キャンベル」 「は? ああ、うん……」 一瞬びっくりしてから、手を止めて、すぐに野菜を掴むのを再開した。
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