第4話 いざ夜会へ

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第4話 いざ夜会へ

 豪奢な王宮は、夜会にあわせて絢爛に飾り付けられていた。  貴婦人たちの華やかな装いが、広間を花咲かせたように彩り、正装の紳士たちが誇らしく胸を張っている姿が、目に眩しく頼もしい。 「ライネス公爵家、クリスティナ様ご入場──!!」  張り上げられた声に、貴族たちが振り返る。  私の怪我は伏せられ、ただ病気とだけ広まっている。人々は、私の病が改善したのだろうと微笑んだ。  途中、父が私に気付いて手に持つグラスを取り落としかけ、輪の中で談笑していた義妹は、目を見開いて停止した。  義妹の隣には、彼女と婚約を結んだエルナン王太子殿下。 (エルナン殿下、で、間違いないのよね?)  銀色の髪に、金緑の瞳。  何度か、遠目から拝見したことがある。  私のデビュタントは十六だったが、殿下は二年程ご留学されていたから、接触は今日がほぼ初めてになる。  凡愚で知られる殿下は、以前見た印象とはずいぶん違っていた。顔かたちは同じなのだけど、(まと)う空気は自信に満ち、ひとめで高貴な身だと分かる威厳。 (ご留学で、お変わりになられたのかも)  隣の義妹とは、あまり釣り合ってないように思う。  公爵家次女は、何となく安っぽく映った。  顔は整っているものの、化粧が厚くごまかしが大きい。  最高級のはずのドレスは、強調するように胸元が開き、不必要に飾り立てた装飾や宝石がけばけばしい。品格、というものをどこかに忘れてきたようだ。 (ま、いいわ)  私は今日、"婚約相手は妹よりやはり、姉がいい"と彼に思ってもらうためにやってきた。  レジーナが見劣りしてくれるなら、好都合だ。 (さあ、誘惑開始よ)  指の魔族は、指輪らしく沈黙を保っていた。  私の目的には手を貸してくれる契約だったのに。  自力で頑張るから別に良いのだけど、指輪がどんどん冷たく感じていくのはなぜだろう。怯え青ざめているような、そんな気配を感じる。    気にせずに殿下の前に進むと、私は挨拶をした。  紹介を介さず失礼かとは思ったけれど、彼の婚約者(レジーナ)の姉という立場を利用したのだ。 「王太子殿下にご挨拶申し上げます。レジーナの姉、公爵家が長女、クリスティナ・ライネスと申します」  にっこり作った微笑みを、思いのほか好意的な笑顔で迎えられ、気がつくとダンスを申し込まれていた。  抗議した義妹は、「すでにファーストダンスを終えただろう」と殿下に突き放されている。   (もしかして、あまり親密ではない?)  願ったりだ。このダンスで殿下の心を私に惹きつける!  そんな私の意気込みを知らないだろうに、殿下が私を見る目が、とても優しい。  もっと値踏みされるものと思っていたのに、これは想定外だ。気恥ずかしくなって、つい目をそらす。 (しっかり、私! 殿下を誘惑するんでしょう!)  演奏が始まる。  小部屋に閉じ込められていたからダンスの練習は出来なかったけど、長年身体に染み込んだステップは、私を軽やかに躍らせた。  エルナン殿下はそんな私をよりよく見せるようにと、意識しながらリードしてくださっている。  絶妙な呼吸感。技巧を要するステップを難なく織り込みつつも、極めて優雅。激しく名手だ。  私たちが舞うたびに、広間には感嘆のため息がこぼれた。  噂は、噂でしかなかったようだ。  知性煌めく殿下の眼差しを受け、私の胸が大きく高鳴る。  相手を見て落とし方を決めようと思っていた私は、安易な色仕掛けでは彼は落ちないのではと思い始めていた。  曲が終わり、殿下と私は互いに礼で敬意を示す。 (さあ、このまま殿下の心を一気に私に傾けるのよ!)  効果的な話題を想定しなから私が気合いを入れ直した時、ふいにエルナン殿下が小声で言った。 「貴方(あなた)の窮状に気づくのが遅れてすまなかった。現状を正しても良いだろうか」 (????)  言葉の意味を理解する前に、思わず私は頷いていた。  久々のダンスで身体が火照って、のぼせていたからかもしれない。  私の了承を得ると、殿下は声を張り上げた。 「皆に聞いて貰いたいことがある! 私は今日、レジーナ・ライネス公爵令嬢との婚約を破棄し、このクリスティナ・ライネス嬢と新たに婚約を結び直すこととする!!」  誰一人、予想してない宣言だった。
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