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第6話 契約の結果
「ヘビ! あなた、あれからどうなったの!?」
私はあわてて寝台から身を起こす。
「ああん?」
私に目を向けたヘビは、心なしか疲れているようだった。
「おめでとう、お嬢様。アンタの魂は、オレの手を離れた。くっそ、賭けに完敗するなんて」
どういうことだろう? 契約が無効になったのだろうか。
意味が解らなくて尋ねたら。
「そうだよ。アンタには詫びなきゃな。ある事情により、この契約は無効にさせて貰う。こっちの都合だから、アフターケアはつける。アンタが満足するまで、サポートがつくから」
「???」
ますます、意味がわからない。
契約が無効になったということは、私の魂は将来とられなくて良いという事。
なのに、さらにアフターケアですって?
それは魔族の在り方とは反するんじゃないかしら。
重ねて聞いてみると、渋々ヘビは経緯を話した。
「まず、オレがアンタに目をつけて、いそいそと契約に赴こうとした時だ。アンタに話しを持ちかける前に、オレはある御方に絡まれ……、もとい、提案されたのさ。"賭け"をしようって」
賭けの内容は、私が元の姿を取り戻した時。
私がヘビと契約を結ぶ前提で、もし、"怨嗟に駆られた私が、真っ先に復讐に走ったなら、ヘビの勝ち"。
けれど"私が別のことを第一目的とした場合は、相手の勝ち"。
元の姿を取り戻した私が一番に望んだことは、復讐ではなく、"王太子妃になること"だった。
いずれ実権を得て、国や民に尽くすこと。
「ほんと、どんな聖人だよ。有り得ないだろ、人間だろ? 天使様じゃないんだぞ」
ヘビがブツブツと悪態をついている。
「つまり賭けは、あなたが負けて、相手が勝ったというわけね?」
「そうさ! 向こうが勝ったら、アンタの魂に関する権利を、オレが手放すことが賭けの内容。オレが勝ったら、向こうの手持ちをいくつも貰えるはずだったのに……!」
人間の魂で、どうにも遊んでくれてるらしい。
「結果はご覧の通り。アンタが復讐を選ばなかった時点で、賭けはオレの負け。契約は反故とばかりに、早速夜会にしゃしゃり出られて……」
「え?」
「つっ! 今の無し!」
焦ったように、ヘビがキョロキョロとあたりを見回している。
「とにかく、こっちの事情で契約を切るわけだから、アンタにはオレの賭け相手からサポートがつくから」
「サポートって?」
「契約にあったろ? アンタが満足するまで、アンタのやりたいことに力を貸す、って」
「え、ええ、まあ。でもあなたの賭け相手って、私、誰だか知らないのだけど」
それでどうやって、サポートするのかしら?
もっとも魔族のサポートなんて要らないから、もう契約まるっと無効でいい。
魂を取られずに、顔を治して貰った。
私にとっては有難い、の一言だ。
「知らなくても、万事上手くいく。どっかの王子サマが仕返しを肩代わりしてくれたみたいにな。オレの賭け相手は、オレたちの世界では大公級の大物だから」
ドキリ、と胸が鳴る。
(仕返しを肩代わりしてくれた王子様……、エルナン殿下)
王太子妃という事は、殿下の妻になるということで──。
私の染まった頬を、ヘビはしばらく眺めていたが、やがて「やってらんねぇ」と言いながら回れ右をした。
「じゃあな。せいぜいお幸せに」
「あっ」
顔を上げた私の前に、もはやヘビの姿はなく、部屋はただ、夜の静寂に包まれていた。
こうして私は、後日公爵家を訪れた王太子殿下によって豪華な婚約指輪を贈られ、正式に婚約式を挙げた。
その際一緒に返してくれた、黒い台座の赤石は、当然ヘビが変じた指輪ではなく。
何がなんだかよくわからないまま、それでもやたら私に甘いエルナン殿下に大切にされて。
私がやりたいと願うことは、彼からの絶妙のフォローを受けて、安心の中、国のために邁進することが出来た。
大物魔族のサポートとやらは、結局分からずじまいだったけど、もともと彼らは気まぐれな存在。
いつか相手が姿をあらわす日が来るまで。
私は、気にしないでおくことにした。
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