第7話 舞台裏では

1/1
前へ
/7ページ
次へ

第7話 舞台裏では

  *     *       *  ──(さかのぼ)ること、夜会の後の王城で。  人払いされた王太子の自室では、明かりも(とも)さず、エルナン王子がテーブルの上の指輪を見ていた。      「いつまでそうしているつもりだ。賭けは私の勝ちだ」  小気味良さそうな声は、指輪に話しかけたものだった。  ゆるり、と、指輪がその形を崩していく。 「いつの間に、成り代わられたんです? 今朝までは確かに、暗愚な人間の王子だったのに」  ヘビの姿に変わった指輪は、遠慮がちに、しかし不満を声に乗せて相手に応じた。 「では、その間だろう?」  優雅に足を組みかえて、王子が平然とヘビに返す。 「本物のエルナンはどうなったんですか?」  問いながら、テーブルからするりと床へ降りたヘビは部屋を見回し、「ああ」と納得の声を上げる。  部屋隅には、黒く(うごめ)く塊が横たわっている。 「"自分より優れた妃は不要だから"。そんな理由で裏から手を回し、犯行をそそのかすようなクズには、人間(ひと)の皮も身分も()ぎたものだ」 「っああー。じゃあ、まさか、レジーナが義姉に薬液をかけたのは……」 「薬液の出どころは、決して気取られないよう細工してあった。()らぬところばかり、頭が回るようだ」 「はぁん。で、人間のフリをなさってらっしゃると。お好きですねぇ」 「王太子の権力を使うのが、手っ取り早かったのに加え……、ダンスも楽しかったしな」  思い出したようにクックッと王子が、いや、王子の姿をした何かが、笑う。 「あの女、今世では"クリスティナ"ですっけ。ホンっトないですよ! いくら前身が"天の娘"だからと言って、人界にまみれて長いのに、何で"復讐"よりも"世直し"優先なんすか」 「だからお前の手には負えぬと言った。数千年かけて私がいまだ()とせない、興味深い対象なのだから」  会話相手の半ば恍惚としたような表情に、ヘビがこぼす。 「執着すごくて()ん……でふっ」  全てを言い終える前に、黒ヘビが蹴り飛ばされて壁に激突した。  ビタンと床に落ち、ピクピクと痙攣するヘビの口から、泣き言が漏れる。 「(イヤ)だもう……。この国の令嬢と王子、足クセが悪すぎだろ……」 「お前の口が悪いのが、一番の原因だと思うがな。さ、クリスティナの皮を出せ。()っただろう?」 「っええぇ……。火傷付きですよ? ハッ、まさかアレに被せて、娼館にでも投げ込むんで?」  部屋隅の黒い肉片は、十分に生きている。 「まさか。大切なクリスティナの皮を、あんな蛆虫に使うわけがないだろう。この場で処分する」  どこからか取り出された皮が、不自然な火に包まれて消滅していく。 「勿体ない……。オレ遊びたかったのに」 「だから回収したんだ。彼女のものは、視線のひと投げ、吐息(といき)のひと息まで私のものだ」 「ヘンタ……ゴブォホッ」 「ようやく今世の転生体を見つけた。お前のおかげだ。それは感謝しよう」  ヘビを足下に踏みつけて、満足そうに王子が言う。 「そう思うなら、もっと丁寧に扱ってくださいよ……」  やがて(ねぎ)われたヘビが、黒い塊を下げ渡され、近くレジーナの魂を狩りに行く許可を得たこと等は、すべて夜の闇に溶け消え、人間(ひと)に知られることはなかった。……のだが。  王太子妃が真面目な()き女性だったため、以後、人の国はかつてないほど栄えたのだった。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

39人が本棚に入れています
本棚に追加