最終話

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「人々の、そなたを見るまなざし。あれは、そなたのような可憐な娘に向けるべき目つきではなかろう! ラティミーナ嬢、そなたは長らくあのような辛辣な視線にさらされ続けてきたのだな……。よくぞこれまで耐え忍んだ。今まで見捨てる形となってしまったことを詫びよう」 「見捨てる……? と言いますと?」 「打ち明けよう。実は魔界でも、そなたの誕生は察知していたのだ。それほどまでに、そなたの魔力は強大であった。それこそ『人間界ではなく魔界に住んではどうか』と提案したくなるほどに。そなたほどの魔力の持ち主は、魔界であればざらにいるからな」 「まあ、そうなのですね……」 「不可侵条約があるゆえ陰を送り込むのは控え、代わりに元より魔界と人間界を行き来している鳥に訓練と魔法をほどこし、密かにそなたを見守ってきたのだ。魔力の強さで人々から避けられていることも把握していた。ただ、その理由だけでは魔界より手出しするには根拠が薄くてな。そこへ来て、そなたが封印されるなどという報告が我の元へと届いた。よもや、人間がそのような大それた魔法を成功させられるのだろうかと監視していたのだが……。いよいよ実際にそなたが封印されてしまい、その残酷な扱いを看過できず、魔王たる(われ)が自ら魔法牢に侵入したというわけだ」 「それで、ウィゾアルヴァールド様、(おん)(みずか)ら牢の中にまでいらしてくださったのですね。本当に、ありがとうございます」  生まれたときから魔界からも警戒されていたなんて――。改めてラティミーナは、自分の魔力の影響力に驚かされたのだった。  風を切りながら、森を越え、山を越える。眼下の景色が、見慣れぬ植生に変わっていく。 「ラティミーナ嬢。これからは我の元で、心のおもむくままに、のびのびと過ごすがよい」 「ウィゾアルヴァールド様……!」  ラティミーナは、感激に涙を浮かべずにはいられなかった。  まさか魔王が自分のために泣いてくれただけでなく、これほどまで心を砕いてくれていたなんて――。 「ウィゾアルヴァールド様。私、今、とても幸せです」 「そうか。だがそなたは我の元で、より一層幸せになるのだぞ。我は、そなたが喜ぶならば、何だってしよう」 「ありがとうございます、ウィゾアルヴァールド様」  ラティミーナは、胸に湧いた熱に任せて思い切り魔王に抱きついた。たくましい肩に頬を擦り寄せれば、お返しとばかりにラティミーナを抱える腕に力がこもり、髪に頬ずりしてくる。 「ウィゾアルヴァールド様。私、人のぬくもりがこんなにも幸せを感じさせてくれるものだなんて、今まで知りませんでした」 「ラティミーナ嬢。これから毎日、こうして触れ合おう」 「はい、ウィゾアルヴァールド様」  大きく頷いてみせた途端、魔王が目を伏せてラティミーナの髪に唇を寄せた。  ラティミーナの耳のそばで、ちゅっと小さく音を鳴らす。 「……!」  突然の出来事に、びくりと全身が跳ねる。  ラティミーナが恥じらいに頬を燃えあがらせていると、至近距離にある顔が歯を見せて笑った。 「これは、まだ早いか?」 「が、頑張って、慣れて参ります……!」 「そうか。毎日少しずつ、慣らしていこうではないか」 「よ、よろしくお願いいたします!」  黄金色の瞳が、優しい輝きを帯びる。  ラティミーナがその双眸に見とれていると、魔王ウィゾアルヴァールドが黒い翼を大きく羽ばたかせて、さらに上空に舞い上がった。  はるか遠くに、かすかに大渓谷が見えはじめる。  あの谷を越えれば、魔界に突入することとなる――これからどんな日々が待ち構えているのか、わずかに不安がよぎる。 (ウィゾアルヴァールド様と一緒なら、きっと大丈夫)  ラティミーナは、自分を支えてくれる力強い腕の中でそっと微笑むと、もう一度、心優しき魔界の王にぎゅっと抱きついたのだった。 〈了〉
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