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学園で過ごした日々を語らう声が、若干の落ち着きを見せはじめたころ。
ディネアック王子が広間の中央に歩み出た。ついにこのときが来たかと、人々が目を爛々とさせて王子を見る。
視線の集まる王子の表情は、ラティミーナがこれまでに見たことがないほどに晴れやかだった。
王子の隣には、男爵令嬢モシェニネが付き従っている。その顔は上機嫌な笑みを浮かべていて、いよいよ自分が正式に王子の伴侶として認められるという期待感に満ちあふれていた。
ディネアック王子が、無言でラティミーナに鋭い視線を突き刺して、かすかにあごを上げて合図を送ってくる。正面に来いということらしい。
壁際に立っていたラティミーナに、人々が一斉に振り返る。無数の好奇の視線を浴びたラティミーナは、体の前で両手を重ね合わせて静かに息を吸い込むと、そっと吐き出した。『心を乱してはならぬ』と今まで執拗に訓練させられてきたせいで、反射的にその行動が出てしまうのだ。
(ついに、このときが来たのね)
つらく苦しい妃教育と、感情を抑える訓練から解放される――。
喜びに沸き立つ心を、再び深呼吸で落ち着かせる。負の感情だけでなく明るい感情もまた心の揺れであるからと、抑えるように教育係に言いつけられてきたのだった。
ディネアック・ルシタジュフ第一王子との婚約は、ラティミーナの父であるマクリルア伯爵は望んではいなかった。王国の将来を左右するその重大な取り決めは、生まれつき強大な魔力を持つラティミーナを王家に取り込むための王命だった。
ラティミーナの十一か月後に生まれたディネアック王子は、生まれた瞬間からラティミーナとの婚約が決定していた。そのせいで王子は『自分で相手を選ばせてもらえなかった』という不満を常にいだいていたらしい。
その結果、王立学園内で見初めた相手――モシェニネ・テオリューク男爵令嬢――を何としても我が妃にする、自身の愛を貫き通すのだなどと、周囲のいさめる声を無視し続けてきたのだった。
ひそひそ話があちらこちらから聞こえてくる中、ラティミーナは広間の中央で足を止めると、ディネアック王子と向かい合った。
王子の陰で、モシェニネが口の端を吊り上げる。王子の見えない位置でしか見せない悪意に満ちた表情。ラティミーナは見飽きたその顔から即座に視線を外すと、まっすぐに王子を見た。
ディネアック王子が、淡い空色の瞳を輝かせながら、誇らしげな声を広間に響かせる。
「ラティミーナ・マクリルア。貴様との婚約を破棄させてもらう!」
『謹んでお受けいたします』――ラティミーナがそう答えようと、ドレスの裾を持ち上げて息を吸った次の瞬間。
耳を疑うような宣告が下された。
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