或る騎士たちの日常―熱帯夜―

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 それはリカルドとノクスが付き合ってから初めての夏。  騎士団の寮が相部屋なのをいいことに今夜も二人はノクスのベッドでいちゃついていた。  行為が終わり裸で荒い息をあげる二人は汗だくで、汗は混じり合い、どちらの汗かわからなくなっていた。  リカルドは行為の後くっつくのが好きでベタベタの素肌のままノクスを抱きしめ顔中にキスの雨を降らせる。  いつもだったらノクスもこの幸せな時間を堪能するところだが、今夜はそうもいかなかった。 「暑い…!離れろ」  ベタベタとひっついているリカルドを腕で押し離す。急に引き離されリカルドが不満げに口をとがらせる。 「ええ〜!冷たくない?!」 「お前、今日何度か知ってるか?!32度だぞ?!ただでさえ暑いのに、お前は体温が高いんだ。しかも汗だくだし…」 「なんだよ〜。さっきまであんなに俺にしがみついてたくせに…」 「うるさい!とにかくさっきはさっき、今は今だ。私も汗かいてベタベタしてるし…汗臭いし…」 「まあ、窓開けようにも、誰かさんの声がでかいからな」  リカルドがニヤリとノクスを見るとノクスは顔を真赤にしてリカルドのスネを蹴る。 「もー、しょうがねえなあ…」  リカルドはのそりとベッドから降りると、床に散らばった下着を身に着け、シャツを羽織ると衝立を挟んだ隣の自分のスペースへと戻っていく。  さっきまで傍にあった熱がなくなって少し寂しく感じたが、こう暑くては眠れない。  リネンで軽く汗を拭うと、ノクスも下着を身につける。  普段はきっちりとパジャマを着込むのだが今日ばかりはそうも言ってられない。  二人の汗やいろんな液体で湿ったシーツを交換していると、リカルドが扉をでていく音がした。  怒らせてしまっただろうか、と不安がよぎる。 もう少し言い方を考えるべきだったか。  いつも口調がきつくなってしまうのが自分の悪い癖なのだが、リカルド相手だとつい甘えて思ったことをそのまま口にしてしまう。 「暑いな…」  部屋にある唯一の窓を開くと、風はなく涼しいとは言えないが空気が入れ替わって少し気分が落ち着く。  夜の空はどんよりと曇っており星が見えない。 暑いが静かな夜だ。  暗闇をずっと見ていると世界に一人きりになったような気分になってくる。  急に寂しさを感じていると、首元にヒヤリとしたものを感じた。 「ひゃっ…!」  振り返ると水を張った桶と濡れたリネンを持ったリカルドがいたずらっぽい笑みを浮かべていた。 「へっへ、驚いた?」 「なんだ、急に!」 「いや、暑い暑いって言うからさ、リネン濡らしてきた。体拭いてやるから、そこに座れ」  そう言ってリカルドがベッドに腰掛けるように促す 「いや、さすがに悪い。自分でやる」 「いいから、いいから」  ノクスを無理やり座らせると、リカルドはその足元に膝をつき、ノクスの右足を持ち上げるとつま先から丁寧にリネンで拭っていく。 体に溜まった熱が先から冷やされていって、ノクスの体から力が抜けていく。 「気持ちいい…」 ノクスがうっとりと呟くとリカルドが満足そうに笑う。 「そりゃ、良かった」  熱を吸ってぬるくなってしまったリネンを桶に張った水につけて絞る。 「じゃあ、もう片方も」  そう言って左足を持ち上げるとそちらも丁寧に拭っていく。  剣ダコのできたゴツゴツした大きな手だが、その手つきは繊細で優しい。  こんなに丁寧に扱われるのは子供の頃病気になった時以来だった。 「…ありがとう、まめだな」 「そうか?リネンで体拭くくらいそんなたいしたことないだろ。はい、じゃあ次は背中」  リカルドは再び冷たい水でリネンを濡らすとノクスの横に腰掛ける。  肩に手をかけ横を向かせると肩から腕、背中と丁寧に拭う。  今までの恋人にもこんなにマメに世話を焼いていたのだろうかとチリっと嫉妬の炎がノクスの胸に宿る。 「…お前、モテただろ」 「うん?そうかなぁ?」 「正直に言え」 「うーん、まあ、恋人はそれなりにいたけど、どの子もあんまり長続きしなかったんだよな〜」 「そうなのか?」  自分だったらこんないい男逃さない。  今までの恋人たちは何が気に入らなかったのだろうか?とノクスはリカルドを見る。 「やっぱり、会える時間が少なかったからかな〜?学生の時はどんなに頑張っても会えて週末だし、騎士団入ってからは遠征や訓練やらで会える時間が限られてたからな。他にも週末にやりたいこととか友達との約束とかもあったから、会えて月1、2回がせいぜいだったからな」  それだけだったら、寂しいかもしれないが多少我慢すればいいことだ。本当に愛しているなら愛を信じて待つこともできる。  しかし、原因はこの男の性分だろうとノクスは思った。 「ふん、お前のことだ、その少ない会える時間に他のことに気を取られたりしたんだろ。困ってる人がいたら助けたり、子供にじゃれつかれて遊んだり」  付き合い始めて、ノクスがリカルドと街に出かけるといつの間にかリカルドがいなくなっているということに何度も遭遇した。  必死に街中探し回ってみると老人の荷物を運んでたり、街の子どもと遊んでたりと、その時にやりたい事を思いのままに行動するのがこのリカルドという男なのだと知った。  勝手にいなくなるな、心配するだろうと何度か注意すると離れる前に一声はかけていくようになったが、根本的に変わる気はないらしい。 「そうそう。私とどっちが大事なの?!ってキレられてさ〜」  この男と付き合うためには寛容な心が必要だと最近気づいた。  そういうところと含めてリカルドという男なのだと。丸ごと受け止める度量がないとこの男とは付き合えない。  それに他のことに気がいかないくらい自分に夢中にさせてやるとノクスは心に誓った。 「でも、お前は変わる気はないんだろ?」 「うーん、そうだな。なんか、考える前に体が動くっていうか。まあ、そういう性分なんだろうな」 「まったく、お前と付き合うには海のような広い心が必要だな」 「お、それは暗に自分にはその心があるって言ってる?」 ニヤニヤと笑うリカルドにギロリとノクスが睨んで釘を刺す。 「だが、私にも限界はあるぞ」 「…限界を超えないよう気をつけます…」  そう言いながら、リネンを水に付けると今度は胸の方に手を回す。  足や背中と違ってその手つきはねっとりとして、特にノクスが弱い臍や乳首を重点的に拭う。 (こいつ、わざとか!)  それに気づいたノクスは、必死に声を我慢していたがリネン越しに乳首を引っかかれ、口から甘い声が漏れ出る。 「う…ぅんっ…」  その声の甘さに自身もびっくりして口を押さえるが、後の祭りでニヤけた笑みを浮かべたリカルドが覗き込む。 「あれ?ノクス、感じてる?拭いてるだけなのに、やらしいな〜」 「お前!確信犯だろ!」 「え?俺はただ汗を拭いてるだけだぜ?」 「ちょっと見直して損した!このスケベ!!」 「え〜?!ひでぇ!」 「もう寝る!」  ノクスが夏用の薄い掛け布団に潜り込むと、リカルドはリネンを桶に片付けて、ノクスに覆いかぶさる。 「なあ、さっきの声が可愛くて勃っちゃった。もう一回しよ」 「いやだ!」 「1回だけ!終わったらまた体拭いてやるから〜」 「絶対にいやだ!」 「海のような広い心はどこいったんだよ〜!」 リカルドが泣きついて布団の上から抱きつく。 「もー!!暑苦しい!!」 ノクスの怒声が夜空に響く。 曇っていた空はいつの間にか晴れ夜空には夏の星々がまたたいていた。 ノクスの暑苦しい夏はまだまだ続きそうだ。
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