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平良(たいら)
黒鉄平良(くろがね・たいら)は二十代。黒姫山の麓の農業学校に通っている。
毎日、牛の乳搾り実習や、りんご畑の世話などで多忙だ。けれど、彼には秘密があった。
遠くで待っている「運命の人」に、ちょっと会いに行ってくるかな。
「せんせ、すみません。オラ、ちょっと明日休みます。デートなんです」
朴訥としたしゃべり方もあり、平良は実習担当の先生からそんなに嫌われてはいない。
「こんな山中で、デートか? 相手は山の精霊かや」
ガハハハ、と笑い、猿谷(さるたに)先生は、明日の実習欠席の許可をくれた。
夜になると、平良は、誰もいない野原に行く。
その身を、黒い闇に紛れるような大きな大きな姿に変化させた。大きな存在、龍は山を一瞬で越える。
そして、新宿という大きな街に、彼はひらりと降り立った。
「ね、ねえ。いま、人が降りてきたよ」
酔っ払いの女がこちらを指さしてる。平良は鋭い目で女をにらみ、女の口がしばらくきけないように「呪文」をかけておいた。
幸い、目撃者はひとりだけ。降り方が我ながらうまい。
今夜は公園で野宿だな。
慣れない山手線という電車で上野まで移動して、深夜の上野公園に行く。ベンチでカップルたちがイチャイチャしてるのを見ないふりで、空いていたベンチにどかりと腰をおろした。
明日、「用事が終わったら」、上野動物園のパンダやライオンに会いに行くつもりだ。
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