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美羽(みう)
気がつくと、美羽は上野動物園のベンチに座っていた。
東京文化会館から動物園に入った記憶はまるでなかった。ベンチの真正面で、檻の中のアフリカゾウが気持ちよさそうに寝そべっているのが見える。様々な動物の匂いがするこの場所。
(わたし、さっきまで誰かと会って、話をしてたはずなのに)
思い出そうとすると、頭が鈍く痛む。
そもそも、朝陽先輩と一緒だったはずなのに、彼はどこに行ってしまったのだろう。
美羽が立ちあがろうとすると、バサリと本が落ちた。
「あ」
本を拾おうとしたら、誰かが、代わりに本を拾ってくれた。
「せっかくあげたもんを、早速地べたに落とすなや」
男性は軽やかに言うと、美羽にその本を渡す。美羽の頭が鈍く痛む。
「あの、わたし、どこかであなたを」
男性は深い森のような目で美羽を見てた。
「その本、読んで何年か待っとけ。また、会えるからさ」
男性は確かにそう言うと、ライオンの檻の方へと歩いていってしまった。
美羽の手元に残されたのは、表紙の擦り切れた「長野の民話集」だけだ。
付箋が一枚だけ貼ってある。
「黒姫と黒龍」という話だ。(お姫様と龍の、切なく美しい恋の話)と副題がついている。
美羽は動物園の中で、その本を読み始めた。周りで鳩が平和そうに首を振って行進していた。
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