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ある日、トムは公園のベンチに座っている青年に出会った。青年は疲れ果てた表情をしていて、悲しそうな目つきが印象的だった。
「なんだか、とても困っているみたいですね」
トムは心配そうに言った。青年はため息をつき、「ああ、困っている。最悪の気分さ」と答えた。トムは青年の顔を見ると、ふと自分が持っていた手紙のことを思い出した。
「実は今日、こんな手紙を見つけました。私は文字が読めないので、何が書いてあるのか分からないのですが…わかりますか?」
トムはボロボロの鞄の中から手紙を取り出し、青年に手渡した。すると、青年はその手紙を見て驚いた。
「これは…風に飛ばされていった、僕が書いたラブレターだ!」
「ラブレターとは何ですか?」
トムは首をかしげた。
「大好きな人に想いを伝える手紙のことだよ」
「手紙には色々な種類があるのですね」
「そうだ。誰かを元気にするものもあれば、悲しませたり怖がらせたりするのもある」
「なるほど。手紙というのは実に興味深いものなのですね」
「ああ。でも、まさか君が拾ってくれたとはね。ありがとう」
「どういたしまして。良かったです」
そこで、トムは青年に「では、これから大好きな人に渡しにいくのですね?」と訊いた。
「そうだ。もう一度、文章がおかしくないかを確認してから渡しに行くよ」
「確認するのは室内の方がいいと思いますよ」
トムは『室内』の箇所を強調して言った。すると青年は、「うん。風に飛ばされると面倒だからね」と恥ずかしそうに笑った。
アパートで一人暮らしをしている青年は、感謝の気持ちを込めて、トムを自分の部屋に迎え入れた。
数日後、青年は無事にラブレターを渡すことができた。結果は、大成功だ。
やがて、青年とトムは住む場所を変えることになった。三人で住むには、そのアパートの部屋は狭かったからだ。
新しい屋敷は、庭が広かった。
「今日は何をする予定?」
ある日、青年が庭で働いているトムに尋ねた。
「庭の手入れです」
トムが即答する。
「ははっ、相変わらず真面目だな。でも、今日は庭の手入れじゃなくて、公園に行かないかい? たまには、ゆっくり遊ぼうよ。君を無理やり働かせるようなことはしたくないんだ」
青年は、目を輝かせて言った。
「それは素晴らしいですね。ぜひ、行きましょう」
トムは驚きながら、大喜びで頷いた。
「おーい、エリカ! トムが行くって!」
青年は家の中にいる妻に声をかける。
「やったー!」
エリカの元気な声が庭まで聞こえると、青年は微笑んだ。
強い風が吹き、トムは青年が書いたラブレターを拾った日のことを思い出した。文字を覚えて、青年とエリカに手紙を書いて届けたいという考えが浮かぶ。未来を想像すると嬉しくなった。
トムが庭仕事の道具を片付けると、三人は笑い合いながら公園に向かって歩き出した。
(了)
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