ひとふさの髪

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ひとふさの髪

 彼女が僕のところに帰ってきた。  でも、彼女は哀しそうな、もうしわけなさそうな、それでいて怒った表情をするだけで、僕には彼女が何を言っているのかわからない。  彼女が居なくなってから、たったの1週間だ。  その間に彼女に何があったのか、彼女の家族は教えてくれなかった。  親切な隣人たちが、僕にいろいろと教えてくれた。  教えてくれるだけなら親切な人だと感謝もするが、聞いてもない彼女の家族のことを教えてくれる。  僕が可哀そうな人になってしまっている。  マスコミを名乗るゴミのような人間までも寄ってくる。そして、”今の気持ちは?”くだらないことを聞いてくる。ハッピーだと答えたらいいのか?”くだらない質問ばかりで気がめいっている”とでも答えればいいのか?  何も答えないでいれば、彼女が悪人のようになってしまう。  家族に虐待されていた?  学校でイジメに合っていた?  友達が居なかった?  僕から何も引き出せないとわかったマスコミは通り一遍の質問をして、いつのまにか僕の周りから消えていた。  そして、僕の存在を消して、皆が彼女を独りで頑張っていた可哀そうな人にしてしまっている。  彼女は逃げ出したのではない。  彼女は僕と新しい生活を送るはずだった。  マスコミが、近隣の親切な人が、彼女を可哀そうな人にして、僕を居ない者として扱い始めた。  僕と彼女の思い出を必要ないとばかりに黒く塗りつぶしていく、僕の存在が消えていくたびに、心が黒く染まっていくのがわかる。  何も感じない。  手の中にあるのが、彼女が実在していた証拠だ。  僕の手元に残ったのは、ひとふさの髪の毛だけ。漆黒と表現するのが正しい彼女の髪の毛だ。  彼女の家族から、渡された形見分けだ。  彼女の家族とも会って話をした。彼女が僕の存在を伝えてくれた。そして、家を出て僕との生活を始めることも告げていた。家族は賛成も反対もしていない。彼女に興味がないだけだ。居ない者として扱っていた。それが虐待だと何も知らないマスコミが騒いでいる。  彼女の気持ちも知らないで、マスコミは”世間”や”民衆”を代表して伝えている。間違っているとは思わないが、知らないのなら調べればいい。何も調べないで、近隣の親切な人たちの話を鵜呑みにして悪意を垂れ流す。  彼女は、死んでからもマスコミにレイプされてしまっている。  学校でのイジメも表現が柔らかくなっている。  イジメではない。脅迫であり暴行だ。  彼女は死んだのではない。殺されたのだ。  黒く染まってしまった心が訴えかけてくる、彼女を殺したやつを、死んだあとでレイプをしている連中を同じ目に合わせよう。  彼女の復讐ではない。  僕の復讐だ。  僕の思い描いた、彼女との未来を奪った連中への仕返しだ。  僕を止めていた彼女はもう居ない。  僕を止める者は”どこ”にもいない。  邪魔をする者は、僕の敵であり殺すべき相手だ。  黒く染まってしまった心には、何色を上から塗っても変わらない。  僕の心は”黒”から変わらない。  全てが終わった後で、僕の心は白くなるのかな?  それとも、彼女の髪の毛のように、黒いままなの?  もう笑いかけてくれない彼女の髪の毛に、僕は問いかける。  今からやろうとしていることに、正義はない。  僕の正義があるだけだ。だれにも理解してほしいとは思わない。僕の黒くなってしまった心を変えられる彼女は”どこ”にもいない。  漆黒の髪を・・・。彼女が残してくれた、ひとふさの髪だけを握って、僕は心と同じどこまでも黒が続く場所に足を踏み入れた。
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