灯火

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灯火

 戦争の火蓋が切られたのは、私が北の地に着いたちょうど冬目前の頃だった。  なぜ環境の悪い冬に開戦するのかと国民は首を傾げたが、その理由は隣国の勢いによってすぐに判明した。  作物の実り、物資の運搬、戦争を長く続けるには不向きな冬。それはもちろん隣国も同じ条件。  だからこそ裏をかいたのだ。長丁場に持ちこむ条件を最初から奪い、数で制圧し一気に方をつけようと目論んだようだった。  国境の前線で防衛していた部隊は倍の兵力により瞬く間に崩され、隣国の勢いは王都まで流れた。  攻め込まれた王都では防衛が続き、次第にこう着状態となった。その傍で、隣国の兵士の数は徐々に減っていった。  というのも、前線で生き残った部隊が王都の部隊と挟み撃ちで囲い込んだからだ。隣国の兵は数だけは多かったが、それを補ったのはなんの訓練も受けていない国民だった。  勢いに乗って攻め込むのは数が圧勝しても、囲い込まれてしまえば、鍛錬を積んだ兵士達に軍配が上がる。  そうして少しずつ盛り返していき、ようやく終戦したのは冬をとっくに越えた夏の合間だった。  王都より涼しい北の地でも夕立はある。  この日はめずらしく夕方に降る気配がなく、風が冷たい空気を運んできたのは日が暮れてからだった。  瞬く間に成長した雨雲は途端に雨を降らせ、広大な乾いた土地に恵みを与えた。  私は肩掛けを羽織ると、家人に気づかれないようにこっそりと家を出た。  雨雲はすでに風に流されつつあり、肌に感じる雨粒は少なくなっていた。  見上げれば王都より澄んだ夜空がそこに広がっていて、星のひとつひとつの輝きがはっきりと見えた。  ――濃藍の夜空に、レイを思い出す。  私を見つめる深い赤銅色の瞳。濁りなく赤みの強い赤銅色の髪。  柔らかな笑顔は人柄がよく表れ、反面でとても強かった。広い背中に守られ、力強い腕に抱かれ。  優しく手を繋がれた、あの日々を。 「私には、大きな手だったけれど……」  騎士として、王子として。のし掛かる責、そして背負う命は、どれほど重いものだろうか。  隊を率いて前線に立つレイの、指揮を取るその手は、どれほど幼いのかと。  私には計り知れなく、ただ胸が締めつけられた。 「レイ……」  夜空に手を掲げる。  薬指にはレイにはめられたまま、一度も外すことのなかった指輪がある。  私には魔法は使えないけれど、魔法石の中で赤銅の炎がちらちらと揺れていた。 「――……会いたいよ、レイ」  背後で草木がざわざわと騒ぎ始め、一際大きな追い風が吹いた。  まとめることなく下ろしていた私の髪を巻き上げ、風は流れていく。  私はとっさに振り返った。  魔法石の炎が強く燃え上がり、赤みがかった光を放った。 「レイっ――……」  ――――けれど。  私はその場に崩れ落ちて、声を上げずに泣いた。  明かりなく広がる夜闇には誰一人としておらず、草木がわずかに風で揺れるだけだった。  魔法石の炎も小さく萎み、放った光を失った。  ちらちらと小さく、消え入りそうなほど小さく。  王都の建て直しはとっくに終わり、いくつ季節が巡って私を置き去りにしていっただろうか。  第三王子、レインズフォードの生死は、いまだ私の耳に届かない。
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