仮初め後宮妃と秘された皇子

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 春蘭が部屋を出たので、凜風は首元まで覆っている長袖の漢服の釦をはずしていく。 「珠倫さま、大丈夫ですか? なにか不便は?」 「大丈夫よ。凜風こそ平気?」  話しているのも、声もすべて凜風なのに、その中に珠倫を見る。 「私は大丈夫です。それにしても日課の薬湯、こんなに苦かったんですね」  つい舌を出す凜風に珠倫は笑った。 「私も慣れるまではつらかったわ。でもそのうち大丈夫になるはずよ」 「それまでには元に戻りたいですね」  なにげなく凜風が呟いたが、それに返事はなかった。珠倫は慣れた手つきで痣に塗る薬の準備をしている。 「あ、薬を塗るのは自分でしますよ!」 「いいわ。自分の体だもの、やらせて」  なんとも言えない気まずさを感じつつ凜風は肩を剥き出しにして肌を晒す。色白の肌とは対照的に青紫色にくすんだ肌は見ていて痛々しい。しかし珠倫の体になってわかったのだが、違和感もなければ痛みもない。 「醜いわね」  珠倫は顔をしかめながら薬を塗っていく。薬草の香りが漂う布が肩に押し当てられ、わずかな冷たさに凜風は眉をひそめた。 「毎日薬を塗ってくれている凜風にこんなことを言うのもなんだけれど、本当はね、無駄だってわかっているの。痣は薄くなるどころか年々濃くなっているし」 「珠倫さま……」  おそらく自分で鏡を見て痣を確認するのと、第三者の視点で痣を見るのとではまた印象も違うのだろう。珠倫の言葉には苛立ちや悲しみ、嫌悪が混じっている。 「きっと泰然さまもこの痣を見たら、私をここから追い出すかもしれないわ」  自嘲的に呟いた珠倫に凜風が口を開く。 「そんなことありません! この痣はすぐに完治は難しいかもしれませんが、いつかきっと良くなりますよ。それに、この痣の有無関係なく珠倫さまは誰よりも素敵な女性です。泰然さまがそんな方なら、見る目のない男性だった、それまでです。こっちから願い下げですよ!」 「まぁ、凜風たら……」  珠倫は辺りを見渡した。誰かの耳に入ったら不敬罪で訴えられるのも厭わない内容だ。けれど、その心配はどうやらなさそうだ。 「すみません、私……」  我に返った凜風が身を縮める。つい熱くなってしまったが、想いは本気だ。 「ありがとう。凜風。じゃぁ、私、春蘭について女官の仕事を学んでくるわ」 「無理だけはならないでくださいね」  体を拭いた布や薬器を持って立ち上がり、珠倫はその場を後にした。凜風は衣服を着て首元までしっかり覆う。
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