仮初め後宮妃と秘された皇子

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「麗花さま」  極力柔らかく麗花の名前を呼び、彼女に笑顔を向けた。 「お気遣い感謝します。そうですね、麗花さまは少し甘いものを控えないと。お気に入りの漢服が入らずに仕立て直す羽目になりますものね」 「なっ!」  凜風の指摘に麗花の顔が真っ赤になり、驚きで声に詰まる。そばにいた女官たちも目配せし、夏雲も麗花を見た。そんな彼女に凜風は穏やか声色で続ける。 「女官に手伝わせて腹部を必死に引っ込めて身支度するのは大変でしょう。今も座っている体勢、おつらいんじゃないですか? もっと体形に合ったものを着てもいいと思いますよ」 「なにを言っているの! 適当なこと言わないで!」 「夏雲さま」  激昂する麗花をよそに、今度は夏雲に呼びかけた。心なしか彼女の顔に緊張が走る。 「麗しい文字をしたためた書簡、見事だと聞いております。ですが、代筆もほどほどにしないと。いずれ泰然さまの前で筆写をお見せする機会があるかもしれませんから」 「はっ? なんで……」  夏雲から上品さの欠片もない切り返しがある。先ほどまでの余裕はどこへやら、夏雲は自身の女官を睨みつけ、彼女たちは首を横に振った。 「ちょっと、失礼じゃありません?」  目が据わった麗花に対し、珠倫は微笑を返した。 「あら、本当のことなら口にしてもいいんでしょう? それとも事実とは異なるのですか? だとしたら失礼いたしました。ここにいる女官含め誤解を解くために、どうぞ存分におふたりの体形や文字をこの場で披露なさってください」  麗花と夏雲の顔が怒りで歪む。目がつり上がり、唇を噛みしめひどい形相だ。その顔は十分に醜い。凜風は静かにため息をついた。 「維摩一黙(ゆいまいちもく)、雷の如し。あえて触れないことがいいこともあると思いませんか?」  そう言って目の前の餅に手を伸ばす。極力上品さを意識して、ぺろりとたいらげた。 「美味しいです。ぜひまたお裾分けいただけると幸いですわ。では、失礼します」  呆気にとられる麗花たちを無視し、凜風は立ち上がると、その場を颯爽と後にする。その際、黙ったままでいた林杏と目が合ったが、凜風はさっさと歩を進めた。  背後では誰が喋ったのかと女官を責め立てる麗花と夏雲の声が聞こえる。彼女たちの女官からは、凜風が元々は孤児であり珠倫の女官だからか冷たく見下されることが多かった。  主とは別だと思ったが、そうではないらしい。濡れ衣を着せたのは申し訳ないが、彼女たちが陰で聞こえるように主の悪口を言っているのも原因のひとつだ。
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