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ここは娄家が誇る後宮のうちのひとつ、明星宮。後宮は皇帝のためにある太白宮と次期皇帝となる皇子のために用意された明星宮に分かれる。
当然、太白宮の方が待遇も良く住まう建物や環境も一流のものが用意されている。ごくまれに明星宮に足を運んだ皇帝に見初められ、太白宮に移る者もいるが今の皇帝は明星宮には足を運ばない。
さらに言うならば、第一皇子である娄泰然さえもあまり顔を出さないのだ。
おかげで目をつむりたくなるような女同士の熾烈な争いは、今のところ起きてはいない。しかし、ここ数年の皇帝の体調を鑑みれば、泰然が皇帝になる日もそう遠くはない。
本人もおそらく自覚しているはずだ。だから最近になり、彼が明星宮へたびたび足を運ぶようになったとは聞いている。幾分か殺伐した空気が流れだしたのは致し方なく、比較的平和な明星宮も変わっていくのだろう。しかしそれが後宮だ。
年は十六になる凜風は、第一皇子の即妃である曹珠倫に仕える女官だ。珠倫が十三で明星宮に輿入れしたときから仕え続け、もう四年になる。その忠誠心は他の女官にはないもので、凜風が珠倫を慕い従い続けるのは、付き合いの長さだけではなかった。
元々凜風は女官ではなく、孤児として生きていた。そして十二歳になった頃、住み込みで働いていた家の者から体を売るように強要され逃げ出したのだ。
けれど行く宛などあるはずもなく、途方に暮れるしかない。そのとき明星宮に輿入れ途中の珠倫が、馬車を止め道端で呆然としている凜風に声をかけて来たのだ。
『あなた、そんなところでひとりどうしたの?』
珠倫の言葉に、凜風は正直に自分の事情を話した。すると、珠倫は自分の侍女として一緒に明星宮に行かないかと提案してきたのだ。
あまりにも突然の出来事に凜風は話がなかなか飲み込めなかったが、珠倫の提案に頷き彼女の世話係として明星宮に共にやってきた。
そこからは立派な女官になるべく精進してきた。最初は位のない官女から始まり、努力の甲斐あって今では珠倫の女官を務めている。珠倫には返し尽せないほどの恩があり、凜風は自分の命も彼女のためには惜しくないと本気で思っている。
珠倫は明星宮に輿入れした際の選定式で、その教養の高さと外貌の麗しさ、さらに娄家の遠縁にあたる曹家の出ということで最初から側室では上位四番目となる『嬪』の立場にある。
こうやって女官をつけながらも小さな個殿を与えられているのもそのためだ。
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