仮初め後宮妃と秘された皇子

21/33

100人が本棚に入れています
本棚に追加
/33ページ
「珠倫さま。このような時間にこちらには」  薄い寝間着姿の春蘭は髪を下ろし無防備だ。女官の漢服を着ていないのもあって、男性らしさをあまり隠していない。  しかし凜風はそんな状況などおかまいなしに彼のそばへ歩み寄る。 「私はここにいる。どこにも行かないって約束するからちゃんと眠って」  春蘭の目を見て、はっきりと告げる。起こしてしまったのかと思ったが、そうではない。おそらく彼は、ずっとあの日からろくに眠っていないのだ。  凜風は彼の手を取り、ぎゅっと握る。冷たい指先は緊張して気が張っているからなのだろう。 「春蘭が眠るまで、私ここから動かないから」 「し、しかし……」 「心配かけてごめんなさい。でももう二度と勝手にいなくなったりしない。だから」 「珠倫さま」  名前を呼ばれ、凜風は無意識に顔を歪めた。わかっている、今自分は凜風ではなく珠倫だ。彼女らしく振る舞わないとならない 「そ、それから……私の前では春嵐でかまいませんよ。取り繕わなくてかまいません」  なにげなく口にして、前にも言ったようなことがあったと思い出す。それと同時に春蘭が目を丸くして、じっと凜風を見下ろしていた。 「なに?」  尋ねると春蘭は眉ひとつ動かさず、凜風の肩に手を伸ばした。 「蜘蛛が」  その一言に凜風の思考は停止した。 「え」  続けて考えるよりも先に体が動き、春蘭に抱きついて肩を縮める 「お願い。取って! 取ってください……早くっ」  体を震わせ懇願するが、どういうわけか春蘭の手は動かない。 「蜘蛛はいない」  続けられた言葉に安堵する気持ちと混乱が混ざり合い、春蘭の顔を仰ぎ見た。 「凜風……凜風なのか?」  彼は今、誰の名前を呼んだのか。自分を誰だと言ったのか。蜘蛛がいる以上の衝撃に、凜風はしばらく硬直したままだった。
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!

100人が本棚に入れています
本棚に追加