仮初め後宮妃と秘された皇子

23/33

99人が本棚に入れています
本棚に追加
/33ページ
 正体を明るみにしてから数日経つが、珠倫は気が抜けたのか遠慮なく春蘭にくっつきふたりは行動を共にしている。  しょうがない、女官の仕事はもちろん、見知らぬ人物たちばかりの中で珠倫が頼れるのは春蘭だけなのだ。  一方、凜風は部屋で春蘭に頼んで持ちだしてもらった文献や書物などを読み、元に戻る方法を探っていた。 「失礼します」  ふと書物から顔を上げると、いくつかの本を両手に抱えた春蘭が部屋にやって来ていた。おそらくなにか解決の糸口になりそうな書物を見繕って持ってきてくれたのだろう。 「ありがとう。そこに置いておいて」  凜風がお礼を告げると、春蘭は凜風の近くに腰を下ろし一冊書物を手に取ってめくり出す。 「少し時間があるので私もなにか手がかりがないか探します」  ぶっきらぼうに告げられ、凜風は春蘭の横顔を見つめる。ここ最近、正確には凜風と珠倫が入れ替わっていると告げたあの日から、どうも春蘭に距離を取られている気がするのだ。 「あの、入れ替わっていたのを黙っていたのは悪かったと思います。でもそんなずっと怒らなくてもいいんじゃないですか?」  思いきって凜風は切り出した。しかし春蘭は眉ひとつ動かさず書物に視線を向けたままだ。 「怒っていませんよ」 「だったら……」  なんだというのか。そこで春蘭は一度本を閉じ、大きくため息をついた。前髪を掻き上げ複雑そうな表情で凜風をちらりと見る。 「あとから冷静になって、珠倫さまだと思って接していたのが、凜風だった事実に軽く絶望しているだけです」 「絶望って……」  春蘭の言いたい内容がよくわからない。じっと春蘭を見つめると彼はふいっと視線を逸らした。 「もしかして……照れているんですか?」  凜風の指摘に春蘭は目を見開き、視線どころか顔を背ける。よく見ると心なしか耳が赤い。 『あなたは特別です。あなたのためならこの命も惜しくない。全力でお守りしますから』 『あなたが啓明橋から落ちたと聞いたとき、心臓が止まるかと思いました』  春蘭にとって珠倫はどこまでも特別なのだ。彼の真っすぐな思いは十分なほど伝わった。あれは全部、凜風ではなく珠倫に告げたのだ。  胸の痛みを無視して凜風は明るく続ける。 「あの、私、春蘭がどれほど珠倫さまを大切にされているのかわかって、よかったです。自分がまだまだだということも自覚できましたし……」  そこで凜風の考えが別の角度に移った。 「すみません。形ばかりとはいえ私のそばにいなくてはならないなんて。私は大丈夫ですから、珠倫さまの方についていてください!」  凜風が懇願するように伝えると、春蘭は先ほどとは打って変わって凜風を真っすぐ見つめてきた。
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!

99人が本棚に入れています
本棚に追加