仮初め後宮妃と秘された皇子

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 凜風はゆっくり立ち上がる。そのとき泰然の使者から、彼がやって来たと報せがあった。こうなったら腹を括るしかない。 「春蘭、いろいろとありがとう。うまくできるかわかりませんが……」  緊張で口の中が乾き、不安で声が震えてしまう。今、弱音を吐いたら彼はきっとなんとか理由を作ってこの夜伽を中止するように動くだろう。しかしそれはだめだ。  泰然を迎え入れるため、春嵐はここからは控えなくてならない。凜風は無理矢理笑顔をつくって笑いかけた。 「こんなことなら、春蘭に閨についても教えてもらっておくべきでしたね」  湿っぽくならないよう茶目っけ混じりに告げた。すると次の瞬間、春嵐に勢いよく抱きしめられる。  力強さと温もりを感じたと思ったら、それはあっさりと消えた。春嵐が自室へ控え、凜風は慌てて入口のところで腰を落として深々と頭を下げ、泰然を迎える姿勢に入る。 (今のは、なに……?)  混乱しつつ脈拍数も体温も上昇する。ここにきて、こんなにも春嵐に翻弄されるとは思いもしなかった。 「曹珠倫か?」  しばらくして人の気配を感じたのと同時に威圧感を伴った低い声で問われる。 「はい。曹珠倫です」 「面を上げて楽にしろ」  凜風はおずおずと頭を上げた。遠巻きにしか見たことがない第一皇子の姿を凜風は初めて見る。いつも結われている髪は無造作に下ろされ、切れ長の目からは鋭い眼差しが向けられる。端整な顔立ちではあるが冷厳さがあった。 「先日は啓明橋から落ちたと聞いている。その後はどうだ?」 「ご心配をおかけしました。幸い、大きな後遺症もなく過ごしております」  まさか先日の件から切り出されるとは思わず。凜風は無難に答える。すると、どういうわけか、相手が鼻で笑う。 「てっきり俺との夜伽が嫌であんな行動をとったのかと」 「め、滅相もございません」  続けられた言葉を慌てて否定する。実際、その通りなのだが正直に言えるわけがない。 「まぁ、いい。これも義務だ。皇帝の先が短いとなった今、即妃たちとの夜伽を重ね、世継ぎを作りその母を正妃とするのが」  自嘲的に吐き捨てた泰然が続けて、春嵐の自室と間仕切りをしている衝立に目を遣った。 「そばで控えている女官は別のところで待機させよう」 「い、いいえ」  とっさに上擦った声で拒否をする。しかし衝立の向こうに呼びかける。 「席を外してくれないか? 太白宮でもあるまい。主の夜伽が無事になされるかをそう見張る必要もないだろう」  姿を現した春嵐は険しい表情をしている。
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