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「曹珠倫」
低い声で名前を呼ばれ、凜風は肩を震わせた。
「もう少し、話を聞かせてくれないか?」
しかし続けられた内容に凜風は驚いて顔を上げる。彼の面持ちは先ほどの自嘲的な表情ではなく、真剣なそのものだ。凜風の視線を受けてなのか、泰然はふいっと視線を逸らした。
「俺は第一皇子だが、他に皇子がいないから必然的に今の立場となり、次期皇帝と言われているだけなんだ。素質も才能もない。本当はもっと別にふさわしい者がいるとずっと思っている」
今度は凜風が目を丸くした。そう語る泰然の口調は今までの中で一番自然なもので、彼はため息をついて苦笑する。
「次期皇帝というだけで必死に媚びを売ろうとする者、足を引っ張ろうと画策する者、皆己の欲しか考えていない。でも、そうだな。お前の言う通り、皇帝になるのは俺しかいないのなら、もっと皇帝になるのがどういうことなのかを学び、覚悟しないとならないのかもしれない」
そう話す泰然の顔は心なしか憑き物が落ちたような雰囲気だ。
(あれ、この人どこかで……)
その彼の表情に、凜風はなんとなく見覚えがある気がした。どこかで会ったのか、誰かに似ているのか。まじまじと見つめていると、泰然が凜風を見て微笑む。
「お前みたいに、真正面から皇帝の資質を問われたのは初めてだ」
「お、恐れ入ります」
泰然の言葉に凜風は慌てて頭を下げる。
「そうかまえなくていい。今更だろう。それにしても曹家の者が市民の暮らしに詳しいとは意外だったな」
なにげない指摘に凜風はギクリとなる。ここで彼に不信感を抱かせるわけにはいかない。
「私に仕えている女官が元々孤児だったので……話はよく聞いているんです」
「なるほど」
泰然はとくに怪しむ様子もない。ホッと胸を撫で下ろしているとさらに声が降ってくる。
「なら、その女官から聞いた話でかまわない。民が今、どのような生活を送りなにに不便を感じているのか教えてくれ」
「はい、殿下」
凜風はおもむろに顔を上げた。そして吊り灯籠にほのかに照らされた室内で、凜風はゆっくりと語りはじめる。
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