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「春嵐、大丈夫でしたか?」
「こちらはなにも。凜風こそなんとかやり過ごせたようですね」
そう返してきた春嵐の声はいささか冷たく感じた。しかし凜風は気にせずに答える。
「即妃としての務めはなにも果たせませんでしたが」
「かまいません。あなたは珠倫さまではないのですから」
間髪を入れずに返ってきた内容は、やはりどこか素っ気ない。凜風は改めて春嵐を見つめた。しかし春嵐は無表情に続ける。
「どんなに皇子に気に入られても、それは凜風ではない。あなたは珠倫さまの代わりを務めているにすぎない」
「わ、わかっていますよ」
「そうですか? 随分と親しくされていたようですが」
おかしい。この部屋で別れる前の春嵐とあからさまに態度が違う。拒絶にも似た距離感に凜風の心が折れそうになった。
「なん……で。少しは褒めてくれたって」
気づけば言葉共に頬に熱いものが伝っていた。春嵐の驚いた表情が涙で滲む。
珠倫の代わりをできないのは、凜風自身も十分に承知している。けれど春嵐にそこを責められると胸が痛い。
珠倫の代わりとしか見られていない。彼女の体を大事にするのが最優先なのもわかっている。それなら凜風はどこにいるのか。春嵐にとって自分は……。
「しゅ、珠倫さまの体で泰然さまと親しくするのが、気に入らないのはわかりますが……私なりに精いっぱいやっていて……」
嗚咽混じりに伝える。想い人である珠倫が、第一皇子とはいえ他の男性に触れられるのは春嵐としては複雑なのだろう。中身が凜風だから、それを素直にぶつけてきただけだ。
必死で春嵐の想いを汲もうとしていたら、突然強く抱きしめられた。あまりにも予想していなかった事態に、凜風は涙も止まり混乱する。
「わ、私は珠倫さまじゃないですよ」
「わかっている」
耳元で囁かれた声は低く力強い。こつんと額を重ねられ、春嵐と至近距離で視線が交わる。怖いほど真剣な眼差しに凜風は息を呑んだ。
「わかっている。もうとっくに俺には、目の前にいるのが珠倫さまではなく凜風にしか見えないんだ」
目を見開き硬直していると、春嵐はそっと離れ、改めて凜風の額に唇を寄せた。まるで先ほどの泰然の行為を上書きするかのようで、凜風は先ほどとは違う想いでなんだか泣きそうになりながら素直に受け入れた。
(私、春嵐のことが好きなんだ)
想いを自覚して胸が軋む。
叶わない。彼は珠倫のもので、もうすぐここを去る存在だ。ましてや今、凜風は自分の体でもない。
けれど――。
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