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「春蘭」
珠倫の部屋を後にし、ふたりで外に出たタイミングで凜風は呼びかけた。長かった冬が終わり、生の息吹があちこちに感じられる春はもうすぐ目の前までやってきている。柔らかな風を感じながら凜風は頭を下げた。
「今までごめんなさい。体調が悪かったなどなにも知らず……」
自分の仕事はしているつもりだが、ついいつも反抗的な態度をとってしまっていた。先ほどもそうだ。
「気を使わなくてかまいません。それより、新しい女官を入れるとはいえ、あなたに私の後を託すのはいささか不安です」
「私、今以上に頑張ります! 今更かもしれませんが、春蘭の持っている技術や知識をもっと教えてください」
ため息をついた春蘭に、凜風はすぐさま詰め寄る勢いで返した。真っすぐな凜風の行動に春蘭は目を見張る。そこで凜風は彼女からわずかに離れ、冷静になって視線を落とした。
「もちろん、体調と相談しながらで……」
「わかりました」
低く凛とした声が耳に届き、顔を上げると春蘭と目が合った。
「あなたが素直で努力家なところは知っています。そして珠倫さまをこのうえなく大事にしていることも。どうか私のあとをよろしくお願いします」
「はい!」
勢いよく凜風が答えると。春蘭がかすかに笑みを浮かべた気がした。彼女のそんな表情を見るのは初めてかもしれない。
それから凜風はいつも以上に春蘭について回った。自分の仕える主の身の回りの世話はもちろん、女官は六局のいずれかに所属し、そこでの仕事も担っている。
ふたりは尚食局に所属しており、ここは食料を調達して献立を考え調理や毒味を請け負う。他には医薬品の管理なども担当しており、孤児として働きに出た家で家事を一手に引き受けていた凜風には、特技を活かせる場だった。
春蘭は主に医薬品の管理の方に精を出していた。国内外問わず良いとされる薬が集まり、それらの調合や治療の方法などを研究して手記にしたためる。
「珠倫さまの痣に効く薬の情報がもっと増えればよいのですが」
春蘭がここを希望したのは、珠倫のためであった。一見するとわからないのだが、珠倫には首下から左肩にかけて青紫色の痣があるのだ。
凜風が毎朝、痣に効くとされる薬草を擦って染みこませた布を患部に当てるなどを繰り返しているが、痣は一向に消えなければ薄くもならない。
「へー。ここでいつも薬草を詰んでいらしたんですね」
明星宮の裏の薬草園にやって来て、春蘭からどの植物がどのような症状に効くのかを聞いていく。珠倫に塗布したりするのは凜風がやっていたが、こうして薬草を収集するのは春蘭が主に行っていた。役割分担と言えばそれまでだが、なにかと凜風に上官としての自覚や仕事をさせようとしていた春蘭にしては、今までここに凜風を来させなかったのが不思議だ。
その旨を春蘭にさりげなく尋ねる。
「誤って違う薬草を取って来られても困りますからね」
あっけらかんとした回答に思わず物申したくなったが、ぐっと堪えた。完全には否定できないからだ。
けれど、これからは凜風が珠倫のために薬草をとらなければならない。思考を切り換え、植物の特徴や生息している場所、効果などを改めて春蘭に尋ね頭に叩き込んでいく。
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