仮初め後宮妃と秘された皇子

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 そっと春蘭の手が離れ、凜風は大きく息を吐いた。対する春蘭の顔は深刻そのものだ。さっと再び服を着る春蘭の背中に凜風が思いきって声をかける。 「あの、大丈夫です。私もたいして胸はありませんが、女性の魅力はそれだけじゃありませんから」 「……凜風はやはり馬鹿なのですか?」  春蘭は軽くため息をついて答えた、普段通りの春蘭の口調に、凜風はムッとしつつ平静を装う。 「だって、他にどう受け取ればいいんですか? 春蘭は体が男性で心は乙女だって解釈でいいです?」  春蘭はなにも返さず、肩をすくめた。殺気立っていた雰囲気が消え、そんな春蘭の様子に凜風は口を尖らせる。  軽口を叩きながらも凜風の頭は混乱していた。ずっと女性だと思っていた相手の生別が異なっていたのだ。あらゆる可能性を考えて納得させようとするが、そんなすぐに受け止められない。 「事情を聞かせてもらえます?」  おずおずと尋ねると春蘭は「ああ」と小さく返した。その声はいつもと変わらないはずなのに、やや低く感じる。 「私の家族は昔、何者かに命を狙われ殺されたんです」 「え?」 「幼かった私は母に庇われるようにして抱かれていて、なんとか命は助かったのですが、その事実を公にするわけにはいかなかった」  発見者となった曹家の使いの者が春蘭を保護し、珠倫の父と話し合った結果、襲われたのは物盗りではなく怨恨によるものと判断して、春蘭が生きているのを隠すべく、女児として珠倫と一緒に育てることにしたらしい。  春蘭は曹家に恩を感じ、珠倫や珠倫の両親に仕えた。 「珠倫さまの明星宮への輿入れが決まったとき、珠倫さまに一緒に来てほしいと言われたんです。今まで女のふりをしてきたのもあって抵抗はなかったですし、身を隠す意味でもちょうどいいと承諾したんですが、それもそろそろ潮時かと」 「じゃあ、女官を辞め、明星宮を去るというのは……」  凜風の言葉に春蘭は頷く。 「ええ。珠倫さまとも話したんですが、これ以上女性のふりをしてここにいるのは限界だと感じて」  出会ったときから女性だと思って接していたので、疑ったこともないが、今凜風の前で話す春蘭の体つきはもちろん声も表情も男性そのものだ。  そう意識すると、なにやら言い知れない羞恥心が芽生える。しかしそこで凜風の考えは別の角度へ移った。 「ということは、春蘭は体調が悪いわけではないんですね?」  凜風の問いかけに、春蘭は虚を衝かれた顔になった。 「あ、ああ」 「それはよかったです! これでも心配していたんですよ?」  ここにやって来たのも、雨に打たれて体調を悪化させていないかと思ったからだ。春蘭がここを去る本当の理由がわかり、安堵する。 「ずっと騙していたんですよ?」 「べつに私は気にしていません。珠倫さまが納得されていたのなら……」  そこで凜風は言葉を止めた。不思議に思い凜風をうかがう春蘭に、今度は凜風が鬼の形相で詰め寄る。
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